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オープンソース化で大きく広がる"未来食堂の未来"
小林さんは、未来食堂のこれからについて、こう語る。
「明確な目標はまだ浮かんでいません。一つだけ言えるのは、よりよくしていくためには、自分が考えられる枠を超えなくてはいけないだろう、ということ。つまり、今後は自分以外の誰かがコミットする必要がある。私よりも優秀な人が、私と一緒に何かをしてくれる。そんな状況になれば、さらに飛躍できると思います。
でも逆に言えば、手の内を全て開示しないと、私の考えに賛同してくれる人は増えません。実は今、ホームページ上で月次の採算を公開しているのですが、今後は日次の採算も公開していこうと考えているんです。
毎日の採算を公開することによるライブ感は、多くの人を面白がらせ、結果として未来食堂の思想に賛同してくれる人が増えるはず。そして、そのデータ自体を多くの人が活用できると予想しています。
例えば飲食ビジネスをやりたい人にとっては参考になるでしょうし、経済学的な視点でも勉強になる。そして何より、なじみのお客さんが見て下さることで、親近感を持ってもらえると思うんです。
たまに『未来食堂は儲けを考えていないビジネスだから素晴らしい』と言われることもあるのですが、それは誤解です。お金は投票のようなもの。たくさんの方に共感いただき、儲けをきちんと出すことがビジネスとして大前提であり自分の責務です。そのコミットメント・結果を公開することでお客様に真摯な姿が伝わる。良い業績だから開示するのではなく、どんな結果であっても開示してそこから向上していく、それこそが求められる姿勢だと考えています」
この考え方は、特にIBM時代に培ったものだ。
「IBMでは、Javaというコンピュータ言語を使ったシステム開発の仕事をしていました。いろいろな組織のエンジニアの有志でJavaの勉強会をする機会があるのですが、仕事上での接点がまったくなくても、まったく垣根がなく共通の話ができるんです。そしてネット上にあるJavaのコミュニティに意見を言うと、それが反映され、Java自体がどんどんよくなっていく。
会社が別でも、垣根なく同じ知識の話をすることができる。これは、普通の業界だとあり得ないことです。私はIT業界のそのオープンさが大好きで、それがあったからこそ、エンジニアの仕事に魅力を覚えていたんです」
その目線から飲食業界を見ると、気になってくるのが、飲食店の採算の"閉ざされ具合"だった。
「株式会社は決算を公開しますよね。でもこれは、株がなくてもやっていいこと。月次の採算をオープンにすることは、実は新しい試みでも何でもない。でも、これを飲食店がやると大騒ぎになる。大騒ぎになることは全く目的ではありませんが、そうやって既存の枠組みを問い直して新しい在り方を見せることが人目を引く。
逆に言えば、本来多くの会社がやっている決算の公開が、飲食店にとって大切なマーケティングになり得るわけです。数字がオープンになっているという意味では、クラウドファンディングだってそう。そのプロジェクトが集めた金額が可視化されているわけですからね。そう考えると今の時代、飲食店が決算の数字を載せたらいけない、なんて決まりはどこにもない」
すべてをオープン化すること。それは未来食堂のファン作り、コミュニティ作りであり、ブランディングでもある。
「自分がやるべき責務は、未来食堂のブランドを高めること。できれば、一人でも多くの優秀な人に『未来食堂だから力を貸したい』と思ってほしいんです。大勢の人を巻き込み進化していく中で、自分も未来食堂のいちプレーヤーに過ぎません」
オープンしてまだ3カ月。未来食堂は今後、いったいどうなっていくのだろう。
「2号店、3号店を出すようなイメージはないですね。スケール感が合っていないので、飲食店という形ではこのお店が限界ですから。
ここまでやってきて実感するのは、飲食業の難しさです。多少お客さんが増えたところで、例えば店の席数は限られています。今の12席がいきなり1200席に増えるわけでもありませんし。
とはいえ今、一人でやっているのは、あくまで現在の形に過ぎません。いつかきっと、別の形になるでしょう。一番いい形を変えない、ということは決してない。『誰もが受け入れられ、誰もがふさわしい場所』を作る、そしてその理念を知らしめるという意味で、今の12席以上にスケールする何かがあるのではないかと考えています。
もちろん、それはここをたたむという意味ではありません。あつらえというコンセプトがもっと浸透していけば、私がいなくても回っていく。そのヒントはオープンソース化。他の優れた人が、自分なりの形であつらえを実現してくれるかもしれない。
システムを構築すれば、属人性が省けます。私のあつらえと他の人のあつらえは違うし、それぞれの魅力がある。そこが面白い。例えば中華料理のシェフの人がやるあつらえは、まったく別のものになるでしょうし。
その人なりのあつらえを実現していくとすると、もしかすると飲食店ですらないかもしれません。ホテルかもしれないしコンサルタントかもしれないし、ウェブサイトかもしれない。どんなことになるかわかりませんが、オープンソース化をきっかけに、未来食堂らしい進化の仕方を見つけたいと思います」
お客さんひとりひとりにとっての「おいしいもの」を出す店。それが未来食堂。そこで提供されるのは決して「消費されるおいしさ」ではない。大事なのは「あつらえ」「まかない」といったコンセプトを通じて、それぞれのお客さんにとって大切な居場所であり続けること。そしてすべてをオープンにすることで、さまざまな人に集ってもらうこと。そこから得られる大切なものの数々を糧に、神保町の片隅にある小さな定食店は、毎日少しずつ変化を続ける。
(終わり)