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誰もが受け入れられ、誰もがふさわしい場所を作る
学校でも家でもない自分自身の居場所を作りたい。そして、人と人の間にさりげなく存在する触媒となる場を作りたい。10代で感じた思いは、そのまま心にとどまり続けた。
「20歳の誕生日から晴れて新宿ゴールデン街や歌舞伎町のバーで働きました。そして大学の学園祭で、好きな本を並べた漫画喫茶のような店を出したら好評で、他校の方からも声がかかり、結果、4つの大学の学園祭に出店させてもらいました」
大学を卒業し、日本IBMにエンジニアとして入社。しかし「いつか店を出すのだろう」という気持ちに変わりはなかった。店を開こうと決意したのは、IBMからクックパッドに転職して間もなくのことだった。
「クックパッドでエンジニアとして過ごす中で、どんどん自分がやりたいことがわかってくる反面、現在の職種とのギャップに苦しみました。とは言え店を始めるからとただ辞めるのではなく、最後の最後に社長にプレゼンをしました。一人で店を始めるのが目的ではなく、社内で何かを出来るのであればそれでも良かったためです。例えば『クックパッド1位のメニューを常に置く店』とか『クックパッドのレシピをコピーしたものを並べて売る店』なんてどうか、と。名物メニューがなく、レシピを隠さないどころか、コピーもし放題。そんな店を考えたのは『真似できるのに残る価値って何だろう』という思いがあったから。確かにこのコンセプトだと、店の価値は一見何もなさそうです。でも何か、人目を引く価値がある。そこに新しい何かがあるんじゃないかと思って…。
このプレゼンはエンジニアとして冗談半分でしたものではなく、店をやることを真剣に考えた結果でした。しかし社長の感想は『現時点で社との親和性は低いので、難しい』というものでした。それならば、自分でやろう。そう思いました」
エンジニアとしてのキャリアップには魅力を感じていなかった。キャリアを終わらせて定食店を始めることに、何ら抵抗はなかった。
「クックパッドを退職する時には、あつらえというコンセプトはすでにできていました。だから辞める時にメッセージカードを作り、裏に『来年秋に神保町で定食屋を開きます。皆さんの好きなものをあつらえます』と書き、お世話になった社員の方々に渡しました。実際は、店のことはまだ何も決まっていなかったのですが(笑)」
当時すでに、店を一人でやることは決めていた。理由は、あつらえというコンセプトはまだ存在しないため、新たに切り開く最初の段階では、まずは自分が”あつらえ”を示す必要があると考えたから。なぜレシピを隠すのか、なぜ毎回同じものを提供しなくてはいけないのか。既存の飲食店のあり方や「おいしいもの」の消費され具合…。店を、長年飲食店に抱いていた疑問を解決できる場にしたい。未来食堂は、そんな思いから始まったのだった。
小林さんが一貫して実現したいビジョン。それは「誰もが受け入れられ、誰もがふさわしい場所を作ること」だ。
「未来食堂のコアメッセージです。そして、その根幹にあるのが『あつらえ』や『まかない』などの仕組みです。これらを始める時は、いろいろなことを言われましたよ。『そんなシステムは無理』『注文しにくくない?』『店が回らないでしょ』『宗教じゃあるまいし』とか。でも、それらの意見とは違うあり方が、必ず見つかる。そう思い、試行錯誤を重ねました。
そもそも、あつらえにせよまかないにせよ、未来食堂がしようとしていることは、まったく新しいことではありません。何となくあった既存のものの見方を少し変え、再構築し、まかない、あつらえという単語を当てはめたに過ぎず、突飛なものでは決してない。どこにでもあるものです。逆に言えば、例えば無重力の中でコーヒーが飲める"無重力カフェ"みたいな、一時のウケを狙っただけで中身のないコンセプトは、今の時代、すぐに陳腐化してしまうと思います。
常々思っているのですが、考え続けると、最後の答えは必ずシンプルなものになる。逆に言えば、言葉を尽くしてやっとわかってもらえるのでは、練り方がまだまだ浅いと言わざるを得ません。圧倒的な回答を出すと、人は黙ります。何も反論しなくなります。そこがゴールだと思います」
システムを作る時、大事なのは言語化すること。未来食堂にはお酒に関してもユニークなシステムがあるが、これはまだ名前がついていない。
「未来食堂はお酒の持ち込みが無料でできるのですが、その条件が、持ち込むのと同じ量を持参し、お店や他のお客さんにおすそ分けをしていただくこと。このシステム名はまだ言語化できていなくて、今、ネーミングを深堀りしているところです。
ちなみに今、お酒は一種類だけ置いていて、銘柄は秘密ですが、普通では買えないなかなかいい日本酒を格安で提供しています。値段は1合800円ですが、そのレア感から意外と注文率が高く、持ち込みのシステムとバッティングせず並び立っています。
普通は、自分で持って来たいと思うでしょう。無料ですからね。でも銘柄が秘密だと、かえって飲みたくなるのだと思います。味は間違いありませんし、1種類に絞ったからこそ気を引くし、鮮度もいい。1種類で人気だからすぐ口切になるので、ますますおいしい。だから持ち込みのシステムとも、まったくケンカしません。お酒の持ち込みがOKでも、お酒が売れる。例えば何か新しいシステムを考えるときは、ここまで練らないとダメだと思っています」
最終回となる次回は未来食堂の課題、そして、これからのあるべき姿について、話を聞いていく。