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会議室では、マーケティングもセールスも何一つ完結しない
日本クラフトビールから現在発売されている商品について説明しよう。
銘柄は2012年に発売されたKAGUA、そして今年4月に発売となったFARYEASTの2つ。
まずKAGUAは、ベルジャンスタイルのストロングエール。
つまりベルギー発祥の上面発酵※スタイルのビールで、アルコール度数は8~9%と高い。味はフルーティかつドライ。甘み、苦みをやや控えたドライな白ラベルのBLANC、苦みが強くスパイシーな赤ラベルのROUGEの2種類がある。そしてFARYEASTは、ピルスナー※スタイルをベースにしたTokyoBlondeと、セゾン※スタイルをベースにしたTokyoWhiteの2種類。いずれも爽快感とフレッシュさを打ち出ている。ちなみにKAGUAはベルギー、FARYEASTは国内の醸造所で作られる。
「和テイストのKAGUAは、ハイエンドなレストランで飲んでいただきたいビール。ラベルは、高級和食店のカウンターに置いてしっくりくるようにデザインされています。簡単に言えば、水着の女性のポスターが張ってあるような居酒屋ではなく、もう少しアッパークラスなお店をイメージしています。
それに対しFARYEASTは、コスモポリタンな東京ブランドを意識。こちらはレストランよりも、バーやカフェでもう少し気軽に飲んでいただくイメージです。ラベルは新聞をモチーフにしました。毎日新しいニュースを届ける新聞のように、毎日フレッシュなビールを届けたい、というメッセージを重ねています。将来的には両銘柄ともに海外展開を考えていますが、現在FARYEASTは国内のみの販売になっています」
発売されて3年が経ったKAGUAについては、商品の回転がいい店にはある程度の傾向がある、という。
「料理人の方の感性が若く、新しいものをどんどん取り入れようという気持ちがある場合、感度の高いお客様がやって来ることが多い。そういうお店とはいいおつき合いができています。逆に伝統があり、例えばメニューも味も10年以上変えていないようなお店は、正直、難しい面もあります。
確かにコンセプトとしてはハイエンドなお店をイメージしていますが、必ずしも単価が高いお店ばかりに卸しているわけではありません。例えば面白い日本酒をたくさんそろえているような、お酒へのこだわりの強いお店は、客単価4~5千円ぐらいでもハマることは多々あります。そして、バー。バーテンダーと『何か面白いビールはない?』といったコミュニケーションが取れるようなバーも評判がいい。他にはカフェなどにも、見合うお店はあります」
明確なコンセプトを打ち出し、他にはないオリジナルの商品を生み出す。そして、自分達のストロングポイントで勝負する。山田さんのそんな考え方の原点はやはり、イギリス留学時代にある。
「それまでずっとファイナンス畑にいて経験がなかったので、マーケティングの成績はボロボロだったのですが、授業はすごく面白かった。日本との大きな違いを感じましたね。今の日本では、一部の大手メーカーや国際的に展開している企業しか、マーケティングをちゃんとやっていない。正直、そう思いました。
国内だけでビジネスを展開していると、営業力でカバーできてしまうんです。他社が出しているものと似たスペックと値段の商品で、どれだけシェアを取るか。極端に言えば、日本の会社の多くはそればかりを考えている。
例えば大手メーカーの営業活動は、飲食店と独占的な契約を結んで他社の商品を入れない代わりに報奨金を出す、お店に他社のポスターが貼ってあればはがして、自社のものに貼り替えてもらう、小売店で他社の商品と位置を並び替える、といったものです。他社を排除し、消費者の選択肢を狭めることで、自分達の売り上げを確保する。そんな考え方が営業活動の基本です。少なくともウチのような小さな会社は、そのスタイルでは厳しい。
日本の経営者は自分達の会社の運営の仕方には詳しいけれど、マーケティング理論を体系的に学ぶことをあまり重視しない。でも欧米の経営者は、マーケティングやブランディング、そしてファイナンスも経営戦略も、本当によく勉強していますよね。留学時代、多くのグローバル企業のトップの方の講演を聞きましたが、皆さん、実際のマーケティングやブランディング事例の引用をベースに、理論に基づいた切り口で話す。でも日本の経営者は、自社の事例を披露するだけで終わってしまう。日本企業が今後、海外への取り組みを増やす意味では、経営者がもっと勉強する必要があると思います」
マーケティング的発想なしに、自社の商品やサービスをグローバルに展開することは難しい。
山田さんは留学時代、それを痛感した。
「年代と性別によるセグメンテーションは意味がない、と言われたことが、強く印象に残っています。例えば20代の女性がすべて同じ考えをしているわけではないし、所得水準も違うし生活に対する考え方も違う。確かに単一民族で国土の狭い日本では、そういう考え方も通用するかもしれない。でも世界に出たら、人種も生活も宗教もバラバラ。価値観がまったく異なります。
グローバル展開のキーワードの一つが『ライフスタイル』。宗教や主義は、立派な切り口になります。例えば、イスラム教信者向けの商品もあれば、ベジタリアン向けという切り口もある。他にもグルテンフリー、オーガニック…さまざまなライフスタイルを分析すれば、そこに向けた商品を考案できる。その目線で自社の商品を考えると、私達も確かに、飲んで下さる方の具体的な年齢や性別をイメージしてはいません。そもそもKAGUAもFARYEASTも、マスでは決してありませんから。
例えばFARYEASTなら『おいしいもの好きな男女』でしょう。会社帰り、同僚と会社の近くで飲むのではなく『せっかくだからおいしいものを食べようよ』と、例えば六本木や中目黒などに出かける。そんな趣向の方ですね。そしてKAGUAは、FARYEASTのシチュエーションをもう少しハイエンドしたイメージです。またKAGUAの場合、欠かせない用途がギフト。結婚祝いやバレンタインギフト、父の日のプレゼントなどの需要は、非常に大きいです」
会議室で完結できるマーケティングもセールスもない。そんな考えのもと、山田さんが重視しているのが、商品を実際に手に取り、飲んでもらう機会を作ることだ。
「もちろん、SNSなどインターネットを利用したプロモーションは、今やどこの企業も行っている当然のこと。ネットを活用するのは大前提ですが、だからといって1日中座ってパソコンをクリックしていても、モノは売れません。大事なのはやはり、実際に飲んでいただき、お客さんと直接話すこと。私達はその機会を大切にしています。
例えば試飲会ですね。KAGUAの場合、試飲会は百貨店や飲食店で行うケースが多いです。それに対しFARYEASTは、ビールイベントを重視しています。試飲会を行う場所は、銘柄によってはっきりと分けています。商品コンセプトがそれぞれ違いますから」
今後のターゲットとして考える販売先は、国内外を問わない。そもそも山田さんには、国内とグローバルを分けようという考え自体がない。
「KAGUAの狙いは、ハイエンドニッチなマーケット。日本でいえば、まずは東京。次は国内を広げるよりも、香港やドバイ、そしてロンドン、ニューヨークなど、大きな金融街のある都市へと展開する。そんなイメージで考えています。決して、日本の地方のコンビニにまで商品を行き渡らせることがゴールではありません。そしてFARYEASTは今まだ輸出できる状況にないのですが、こちらも東京から全世界に向けた発信を考えています」
現在は、KAGUAを香港、台湾、タイ、シンガポール、そしてフランス、イギリスなどに展開している。
「地域によって文化や商慣習、そして飲酒スタイルも違うので、戦略は土地によってさまざまです。例えば香港は展示会やビールフェスティバルに合わせて訪問していますが、台湾はそういう機会が少ない。そのため、特に大きなイベントがない時期でもインポーターとともに飲食店・酒店を1軒ずつ訪問しています。香港、台湾、タイなど、いわゆる"東京ブランド"が強い地域は、非常にポテンシャルの高いマーケットだと考えています。また今後の拡販先として、アメリカがこの11月にスタート。そして、韓国も商談中です」
両国ともビールのマーケットは非常に大きく、期待を寄せている、と語る山田さん。最終回となる次回は、彼にとってのブランドを育てることの意味、そして成長を続けるクラフトビールマーケットの今後の展望などについて、うかがっていく。
※上面発酵(=エール)
発酵中に酵母がタンク上部で活動することでこのようにいわれる。ちなみに下面発酵がラガー。大手メーカーのビールのほとんどが下面発酵ビール
※ピルスナー
チェコのピルゼン地方発祥のビールのスタイル。淡色の下面発酵ビールであり、ホップの苦味を特長とする。現在、世界中で醸造されているビールの大半はピルスナースタイル
※セゾン
ベルギーの農民が農作業の合間に飲む自家製ビールが発祥。農閑期に作られるので、セゾン(季節)ビールと呼ばれる。ドライな酸味が特徴の上面発酵のビールが多く、フルーティーでホップの苦味が利いた、軽い仕上がり