13
シンプルでわかりやすいコンセプトを提示することで、人は動く
13
シンプルでわかりやすいコンセプトを提示することで、人は動く
2006年、小西さんは博報堂を辞め、自らの会社POOL inc.を設立する。独立した理由は二つあった。一つは、博報堂というブランドを取り払った状態での自分の力を知りたかったから。そしてもう一つは、博報堂にいることで接触できなかった人達との、新たな出会いを求めたから。
「まず個人では、動き出すスピードが落ちる。そして友達と一緒にやるのもアリですが、いいメンツをキャッチできるとは限りません。それならば、自分と同じ気持ちやスタンスでいる仲間や部下を雇用し、組織を作った方が話が早い。」
そして当時から、個人でできることとチームでできることは規模感が決定的に違うと思っていました。僕はコピーライターではありますが、アートディレクターではない。要は、絵が作れないんですよね。ある時、仲のいいADに言われたことがあるんです。『小西さんはフィニッシュができないんだよ』って。それがすさまじくショックで…。
確かに、CMには演出家がいる。グラフィックデザイナーは写真の大きさや文字の書体を決める。コピーライターの僕は最終決着に口は出せるけれど、自分で決着することはできない。つまり、完パケにはできない。だからデザイナーを置きたかったし、同じスタンスで話せるクリエイティブディレクターがほしかったし、自分が思ったことを打ち返し、もっと面白いことを言ってくれるコピーライターもほしかった。そういうチームがあれば、どんな案件でもフィニッシュできる。だから、ウチの会社の名前は『小西事務所』ではなく、みんなが自分の個性で仕事できる会社名にしたんです。
ちなみにPOOLという名前は、みんなが一緒にパチャパチャと泳いでいることをイメージしてつけました。あと、僕が昔、水泳をやっていたのもあります。よく言われますが、お金をプールする、という意味ではありません(笑)」
独立して面白いと実感したのが、さまざまな人が実にいろいろな案件を持ってくることだった。
「ああ、世の中にはクリエイターが足りないんだな、と実感しました。博報堂にいる時は、十分すぎるぐらいに供給されていると思い込んでいました。でも、出てみたら違うとわかった。クリエイティブができる人は、まったく足りていない。クライアントと渡り合い、物事の根本となるアイデアを作り、それを表現まで落とし込める人。ブランディングから最終表現までを作れる人は、世の中にぜんぜんいないんです。だから、僕のところにさまざまな人がいろいろな話を持ってきた。
きっと皆さん、博報堂や電通には手を挙げられないんでしょうね(笑)。そこで僕らはいろいろな広告を作らせてもらいましたし、いきなり演劇の脚本書いてくれと言われ、実際に書いたこともあります。こういう仕事は博報堂にいたら、まずやっていませんよね」
小西さんが「博報堂を出たからこそできた、最も印象的な仕事」と語るのが、埼玉県越谷市にある「イオンレイクタウン」のクリエイティブディレクションだ。
「お仕事を打診して下さったイオンの方と話しを始めたとき、施設のコンセプトは『日本最大のショッピングセンター』でした。それを聞いた時、僕は質問したんです。『日本最大のショッピングセンターが他にできたら、ここの特徴は何になるのでしょうか?』と。
もし日本最大でなくなったら、日本で2番目のショッピングセンターです、と謳うのは、さすがにナシですよね(笑)。そしてもう一つたずねたのが、『日本最大のショッピングセンターに来る、お客さんにとってのメリットは何でしょうか』ということ。
その問いに対する、明確な回答はありませんでした。実は、それこそが、イオンの担当の方が僕に依頼してきたポイントでした。つまり「このコンセプトではダメなのではないか?」という問題意識があったけど、どうすればいいかがわからなかったということだと思います。その時、かなり驚いたことを覚えています。それはつまり、明確にコンセプトを書き、それを旗印にできる人がいないんだということ。そしてその時にわかったのが、施設開発や都市開発にはコンセプターが必要だ、ということでした」
そして小西さんが新たに考え出したコンセプトは「日本最大の"エコ"ショッピングセンター」。
「そう。『エコ』って入れただけなんです(笑)。実はこれには背景があります。当時はエコという言葉がさまざまな場面で使われ始めた時期で、地球環境の見直しは時代の中での大きなテーマでした。そしてイオンさんも、このショッピングセンターにソーラーパネルを大量設置するなど、さまざまなエコへの取り組みを行おうとしていました。
『日本最大のショッピングセンター』は、より大きなものができたらその時点で負け。何も残りません。でも『日本最大の"エコ"ショッピングセンター』ならば、先駆者です。他に同じものができたとしても
『ウチが先なんで…』と言える。つまり、ブランドが立つわけです」
他にも、小西さんはさまざまな工夫を凝らした。対になる二つの建物の名称を「A館」「B館」とせず、「Mori」と「Kaze」と、Moriには緑、Kazeには青、という色を付与した。
「巨大ショッピングセンターは場所がわかりにくく、迷うし、疲れる。そこで、アートディレクターのBlood Tube Inc.と組んで、MoriとKazeを色を使ってマーク化。施設内は極力、文字を排し、案内を青と緑のマークだけにすることで、ノンバーバルなコミュニケーションとなるように心がけました。
中心にある考えは『人と自然に心地いいショッピングセンター』。特に難しい言葉は何も使っていません。シンプルでわかりやすい言葉だからこそ、浸透してくると面白いことに、携わっている人達が『じゃあウチの部署は、何をすればいいんだろう』となる。例えば『心地よくてエコ』という考えのもとで、セグウェイを使ったらどう? となり、今は実際に皆さんがセグウェイで館内を回っています。また、紙はできるだけ減らそう、ということで、QRコードやウェブを上手く利用して館内をわかりやすくする仕組みを作ったりと、社内に活発な動きが出てきた。つまり、シンプルでわかりやすいコンセプトを提示することで、人は動くんです」
また、イオンレイクタウンの特徴は、館内に多くのイスが配置してあること。これも、心地よさの追求という考えによるものだ。
「今のショッピングセンターはイスが多い。でも当時はまだ、どこのショッピングセンターもそれほどイスを置いていなかった。僕らも最初は『イスなんて置いたらお客さんが座って、店に入らなくなるし、行動が制限されてしまう』と反対されたんです。
その時、僕は言いました。『ぶっちゃけますが、疲れる場所だと、次に来たくなくなりますよ。自然にとっても、人にとっても心地いいショッピングセンターです。だから、イスを驚くほど置き、楽に過ごせるようにしましょう』と。 実際、子供が元気に遊びに行っている間に、おじいちゃんがイスに座って休んでいるところをよく見ます。ああ、イスをたくさん置いてよかった、と思いますね。
僕はコピーライターで、絵も描けないし設計もできるわけじゃない。そして以前は、施設開発と縁があるなんて思ってもいなかった。それが自分の会社を作り、スタッフをそろえたら、そういったところまで関われるようになった。それがウチの会社を作ってから最もエポックな出来事ですね。これが成功したからだと思いますが、今、都市開発案件が4件動いています。店舗開発まで含めると、もっとたくさんあります。もう何の会社だか、わからなくなっています(笑)」
あらためて小西さんが今、実感しているのは、コピーライターという仕事の大きな可能性だ。
「コピーライターは、すごく平凡になるかもしれなかった施設を、言葉だけでいい方向に誘導できる。世の中の人が幸せになる方向だったり、モノを売る人が売れてよかったと思える方向を想像して言葉を考える人間が、コピーライター。世の中にはこの職業がもっと増えていいはずです。
何も、実際にコピーライターと名乗らなくてもいいんです。商品開発から販売まで、すべてにおいて言葉を巧みに操れる人。コピーライターじゃなくても、コピーライティングができる人です。難しいコミュニケーションを1行で表現できたり、とっ散らかっているものを『もっとこうすればいいんじゃないですか』と、みんなが幸せになる方向にまとめて、方向性を作れれば、そこに人の行動が生まれるはず。そう考えると、コピーライターの仕事の領域はものすごく広いんですよ。だから、みんなもっといろいろやればいいのに、と思います」
最終回となる次回は、そんな小西さんが考えるこれからのメディアの可能性、そしてこの春にリリースした書籍『伝わっているか?』について、語っていただくとしよう。
1968年京都府出身。大阪大卒業後、1993年博報堂入社。
2006年に現在のPOOL inc.を設立。
CM制作から商品開発、ブランド開発、企業コンサルティング、都市開発までを手がける。これまでに手がけた主な仕事は、日産自動車『モノより思い出』、サントリー『伊右衛門』『ザ・プレミアムモルツ』、『プレイステーション』など。CLIO、ニューヨークADC、ONE SHOW、TCC賞、ACC賞など国内外で受賞歴多数。
クリエイティブディレクションを手がけた越谷市の大型ショッピングセンター「イオンレイクタウン」で、日本初のサステナブルデザインアワードを受賞。東京天王洲などの都市開発も手がける。ENJIN 01 文化戦略会議メンバー。劇作家/絵本作家でもある。
※ 会社、役職、年齢など、記事内容は全て取材時のものです