パーパス経営とトレーサビリティとの関係とは?海外の先進事例から知る

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環境問題や社会問題への関心から、企業はものづくりにおいて品質のみならず、「安全・公正」も求められている。そこで注目されているのが、生産物のトレーサビリティの実現だ。これにより、安全性を高められると同時にSDGsをはじめとした環境問題への取り組みにおいても大きな前進となる。

今回は、そのトレーサビリティの最先端の技術を導入した事例とともに、パーパス経営との密接な関係性について株式会社揚羽 SDGsトランスフォーメーショングループ グループ長 黒田天兵氏から解説いただく。

 

■なぜ企業はトレーサビリティに取り組まなくてはならないのか

トレーサビリティとは、商品の生産から消費までの過程を追跡することを指す。企業は、トレーサビリティの確立が求められるが、それには差し迫った背景がある。

 

産地や品質、流通経路の改ざん防止の必要性

特に食品業界では急務だ。原料調達先の多様化・グローバル化に伴い、加工食品や輸入食品などの偽装表示が発生し、消費者の関心が高まっている。2017年に改正・施行された食品表示基準では、原料原産地表示の対象品目が拡大、表示方法が義務付けられ、原産地・製造地の考え方についても詳細に定められた。また食品リコール、自主回収を行った場合の届出の義務化なども背景にあり、企業は「原材料調達から製造、販売に至るまでの一貫した流れ」を総合的に管理する必要が出てきている。

環境配慮の視点も必要だ。循環型経済(サーキュラーエコノミー)への移行、脱炭素社会に向けたカーボンニュートラルへの取り組みとして、一企業だけで排出量を測定・管理することは容易ではない。“バリューチェーン全体での見える化”が必要になる。その他、強制労働・児童労働などの人権問題への対応も求められる。

 

ブロックチェーン技術を活用したトレーサビリティソリューション

そうした中、トレーサビリティの技法も進化し続けている。トレーサビリティはサプライチェーンすべての企業が協力する必要があり、導入、運用も煩雑で大掛かりとなる。そうした中、暗号化技術ブロックチェーンを用いてセキュリティを強固に保ち、さらにサプライチェーン間でスピーディーな情報共有、コミュニケーションが可能なトレーサビリティソリューションが生まれている。

その一つが、富士通の「Fujitsu Track and Trust」だ。ブロックチェーン技術を活用し、様々な商品のグローバル取引における信頼性や透明性、トレーサビリティを実現。顧客の課題抽出におけるコンサルから、POB(※1)支援、環境構築、運用保守と課題抽出から運用までノンストップでサポートする。

富士通の同ソリューション担当者、Uvance本部 グローバルインキュベーション事業部 グローバルDXソリューション部 マネージャー植村幸代氏によれば、「顧客が何を求め、何を必要としているのかを理解することに集中できる」、「海外と日本国内が一体型チームにより、海外のトレーサビリティに関する様々なルールや法規制について、海外動向、海外の先進事例を取り込みながらシステムを作り上げていく」ところに強みがあるという。

(※1) PoB:Proof of Businessの略。DX(デジタルトランスフォーメーション)実現のための戦略構想および企画の検証を指す。

 

トレーサビリティの取り組みが進んでいる海外の事例2選

海外ではトレーサビリティの導入が進んでいる。ここで、富士通の同ソリューションが手がけた、2つの海外における事例をみていこう。

 

事例1 Rice Exchange(本社:シンガポール)

 

【どんな会社か】

Rice Exchangeは、コメの買い手、売り手、その他関連事業者が、効率的で安全にコメ取引が可能な世界初のデジタルプラットフォームを提供する企業だ。

Rice Exchangeのパーパスは「社会のためにコメの供給を最適化したい」というもの。現在は、非効率な取引に時間と手間がかかるうえに、適正価格で取引されていない可能性もあることから、小規模農家の利益の拡大を目指す。同時に、より多くの消費者にコメを届け、食品ロスを削減したいという想いもある。

【課題】

グローバルなコメ取引においては、国ごとに異なる規制・制度への対応や、書面によるアナログ取引、取引プロセスの透明性欠如などがあった。

【解決策】

これらの問題の解消を目的に富士通をパートナーに選び、従来、個別管理されていた各取引を共通のプラットフォーム上でデジタル化し、取引プロセスの可視化と契約プロセスの自動化を実現した。

結果、コスト面では、取引にかかる時間を最大90%、費用を50%削減に成功。また、データの改ざん防止というブロックチェーン技術の特性により、取引内容や取引相手の信頼性が担保され、安心で安全な取引プラットフォームが得られた。

 

事例2 Botanical Water Technologies(本社 英国)

資源循環型経済に向けてウォーターオフセットを実現する取引プラットフォームを構築

 

【どんな会社か】

Botanical Water Technologiesは、オーストラリアのNPO法人Botanical Water Foundationsを母体とし、世界中で飲料水を必要とするコミュニティへ無償で提供することを目的に活動をしている組織。食品工場で野菜や果物の圧縮時に発生する従来廃棄されていた水分を植物由来の純水(Botanical Water)として精製する独自技術を持っている。

【課題】

精製したBotanical Waterを、飲用水確保が困難な地域に届けることで世界的な飲用水不足を解決したいと考えていた。そのため、サステナビリティーを実現するための水の取引プラットフォーム(Botanical Water Exchange)を検討するパートナーを探していた。

【解決策】

Botanical Waterを世界に広く届けることを可能にする、トレーサビリティを確保して取引できるプラットフォームの構築を富士通が受託。

ブロックチェーン技術を用いて、Botanical Waterの精製、販売、購入、配送、利用といった工程における高いトレーサビリティを実現した。結果、様々な企業がBotanical Waterを売買することができる市場を形成し、安心安全な水取引ができるようになった。

さらに、このプラットフォーム上で利用可能なウォータークレジット(※2)により、自社の水使用量と同量の水を寄付し、環境への影響をゼロにするだけでなく、ウォーター・ポジティブな企業活動、ESG推進やコンプライアンス対応も可能となった。

(※2)ウォータークレジット:カーボンクレジットと同様の概念で、企業が主にウォーターオフセットへ利用するために取引されるもののこと。

 

■パーパス体現のための「サプライチェーンの改革」の必要性

さまざまなモノやサービスが、国境を超えて取引される時代、もはや企業はリスクヘッジのみならず、消費者や社会に対して自社の製品やサービスが安全・公正であることを示す必要がある。そのためには、一企業だけでなく業界全体、社会全体として新たなトレーサビリティの仕組みに取り組まなくては、事業性と社会の持続可能性を両立することはできない。

先に紹介した富士通のソリューションの2つの事例でもそうであったように、サプライチェーン全体の改革が求められる。企業のSDGs戦略立案・実行をサポートする株式会社揚羽 SDGsトランスフォーメーショングループ グループ長、黒田天兵氏は、日本の「サプライチェーンの改革」の必要性について次のように語る。


【解説者プロフィール】

黒田 天兵(くろだ てんぺい)氏
株式会社揚羽 SDGsトランスフォーメーショングループ グループ長

長らく、従業員を巻き込むブランディングの専門家として様々な企業の意識改革・風土改革に従事。グローバル・コンパクト・ネットワーク・ジャパンの社内浸透分科会での講演を契機として、現在はSDGsブランディングにも従事。SDGsとビジネスを紐解く「SDGs Biz」の公式YouTuberでもある。
書籍:『ストーリーでわかるエンゲージメント入門 組織は「言葉」から変わる。


「特に、日本企業はサプライチェーンにおける改革が急務といわれています。例えば、ジェトロの『2021年度 日本企業の海外事業展開に関するアンケート調査』によれば、日本は今後1年以内にサプライチェーンの「何らか見直す企業」が61.9%となっています。

では、日本がなぜ、サプライチェーン上における再構築の対応がここまで急務になっているのでしょうか?

同調査では、主に『米中摩擦』(販売戦略、調達、生産3つの見直し項目とも46.4%以上)、『脱炭素(気候変動)対応』(同46.0%以上)、『原料、部品不足』(同44.0%以上)が多くなっていました。コロナによる国際輸送の混乱も相まって、『サプライチェーンの改革』はメーカーにとって必須のタスクとなっており、その実現には複眼的な視点での検討が必要になってきています」

 

パーパス経営がカギとなる

「サプライチェーンの改革」の解決の鍵は何か。黒田氏は、まず「あらゆる判断において、パーパスを優先するという経営への移行」が欠かせないという。

「パーパスとは、企業の存在意義のことです。企業が何のためにあるのか、社会的にどんな意義があるのかということです。そこには株主だけでなく、顧客、従業員、サプライヤー、活動を行う地域・関係者までもしっかりと含めたものでなければならないといわれています。そして、それに覚悟を持って本気で取り組むことが求められます。

そのパーパスの重要性を知ることができるのが、『シェル裁判』です。2021年5月、オランダ・ハーグの地方裁判所が、英蘭系石油大手のロイヤル・ダッチ・シェル社(現:シェル)に対してCO2排出量を30年までに19年比で45%減らすよう命じました。

この判決のポイントは2つ。一つは、気候変動は地域住民の人権侵害をもたらすと認定した点、もう一つは数値を定めてバリューチェーンのCO2排出量の削減を命じた点です。この敗訴は、多くの企業に衝撃を与え『なぜ企業が裁判所によってCO2を大幅に減らすよう強制されなくてはならないのか』という批判もあがりました。しかし、この判決が示すのは、企業は『株主のため・自社のため』に存在するのではなく、『地球のため・人や人権のため』であらねばならないということなのです」

 

パーパス策定後に取り組むべきこと

「パーパスを策定した後、取り組むべきことは何か?それは、本気度を示すことに他なりません。本気度をどう示すかと言えば、Pという頭文字でまとめることができる3つの観点『3P』があります。結論から言えば、3Pとは『Passion』『Project』『Process(乗り越えていく過程)』のことを指しています。

Passionは経営の本気度・覚悟のことです。経営陣が矢面に立ち、掲げた決意・覚悟・目標を自らの言葉で表現することが必要です。これがないままに『やる』と言っても、その信憑性が問われ続けてしまいます。

次にProjectですが、これはパーパス実現のための象徴となる取り組みのことです。具体的な取り組みを始めたということは、パーパスを掲げているだけの企業より信頼獲得につながります。

最後にProcessです。日進月歩でも取り組みの過程、進捗を示すことが重要です。それを可視化して指し示すことも非常に大事です。どのくらいの目標に対して、どのくらいの進捗で進んでいるのか。これを幅広い観点で見える化していくことによって、協賛者が集まるきっかけにもなっていくのです」

 

トレーサビリティの確立は、リスクヘッジのみならず、環境配慮と会社の存在意義パーパスにも関わる重要な取り組みとなる。最先端の技術基盤と共にソリューションは、サプライチェーンをつなぎ、さらに社会、そして地球環境に貢献する一助となるだろう。

 

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