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フラットなコミュニケーションを創出する
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フラットなコミュニケーションを創出する
もっと自由で効率的な働き方を求め、多くの企業がさまざまな試みにトライしている。その一つが、サテライトオフィスの活用だろう。三井不動産が全国で展開する「ワークスタイリング」は、組織に所属するビジネスパーソンが自分に合った新しい働き方を実現するためのサテライトオフィス。今回は、この事業を手がける同社ワークスタイル推進部の川路武さんにお話をうかがう。
写真=三輪憲亮
川路さんは1998年に三井不動産に入社。最初は戸建やマンションなど住宅に携わり、その後は「柏の葉キャンパスシティプロジェクト」などの大規模開発に携わった。
「トータルで10年以上、住宅畑でキャリアを積みましたが、街作りについては若干、志半ばで終わってしまった感があります。その後はブランドマネジメントに異動。テレビCMやウェブサイトを作ったり、会社のブランドコミュニケーションを一から構築し直すようなことも行ってきました。
その後は商品開発室で、主に新規事業の創出を行ってきました。例えば『住まいLOOP』というメンバーシップサービス。賃貸住宅・分譲住宅・戸建て、三井ホームが手がける建売の注文住宅などをすべて合わせ『三井の住まいのお客様』と設定し、皆さんが何に困っているのかをヒアリングし、新規のビジネスにつなげていくことなどにトライしていました。思えば『顧客ニーズをつかむ』という習慣は、その当時につきました。
現在のビル事業部に異動したのは3年前のことです。もともと携わっていた住宅事業とビル事業はまったく畑違いなので不安だらけだったのですが、ここでも新規事業を担当。ワークスタイリングはその中の一つですが、他にも本当にたくさん、新規ビジネスの創出について考えました。もう"千本ノック状態"でしたね」
会社の仕事と並行して、個人としてさまざまな課外活動にも意識的に取り組んできた。2012年から日本橋でNPO法人を運営し、日本橋の歴史を体感する朝活「アサゲ・ニホンバシ」を主宰。毎回150人近くが参加する人気企画になっている。
「日本橋には100年以上続いてる会社が200社ぐらいあります。そういった会社の経営者さんや旦那さんを『マエヒャクさん』と呼び、これからの100年を作っていくベンチャークリエーターの方を『アトヒャクさん』と称し、日本橋にちなんだ朝ご飯とともに、マエヒャクさんとアトヒャクさんの2人のゲストスピーカーにお話をしていただいています。毎回、100人以上の朝食を用意するのですが、これがなかなか大変で、まあ、お祭りをひと月に一度行っているようなものですね。その言い出しっぺとして今年の3月まであしかけ6年、代表をずっとやっていました。いわゆるコミュニティ作りとコミュニティキープの経験はそれなりにありますし、これらの経験も、ワークスタイリングの事業に還元できたらうれしいと思っています」
ちなみに川路さんがアサゲ・ニホンバシの運営などから得た、コミュニティ作りにおける大切なポイントとは…。
「難しいのが、コミュニティにおける親密度によって"先輩後輩関係"みたいなものができてしまうこと。先人・ベテランと新人、というような関係性を、いかにしてフラットに持っていくか。それが一番のポイントだと思います。
例えば常連さん同士で仲良くするのはいいけれど、彼らだけがずっと話していると、新しい人は入りづらい。かといって常連が毎度毎度、コミュニティで自己紹介させられるのも面倒。人と人の距離を見ながら、常連さんの心地よさを作りつつも、新人さんの入ってきやすさを演出する。それを調整する仕組みは、テクノロジーでは作り込めません。まさに人間の仕事ですよね。
フラットなコミュニケーションがないと、新しい出会いがなくなってしまう。それはワークスタイリングでも同じことで、集中して仕事をしたいけれども、その合間に新しい人と出会い、オープンイノベーションを起こしたいと思っているような人も多い。それぞれが求めるものも異なるので、上手く対応していく必要がある。これはコミュニティがある限り、永久に続く課題でしょう」
この4月には東京ミッドタウンに「ワークスタイリング東京ミッドタウン」がオープン。そして新宿、日本橋、日比谷などにもオープンする予定だ。
「現在ある約30拠点のレイアウトやデザインのディテールは、それぞれ微妙に異なります。なるべく一緒にしないことを意識して、拠点ごとにある程度ローカライズされています。例えば東京ミッドタウンでは、館内のアートディレクションを森本千絵さんにお願いしました。『愛されるシェアオフィスをどう作り上げるか』というポイントで、森本さんとミーティングを重ねて作り上げました。
他にも拠点ごとのカスタマイズは積極的に行っていて、例えば品川は新幹線の発着駅であることを意識して新幹線を見下ろす場所にくつろげる一人ソファを設けたり、霞ヶ関は官公庁街ならではの“会議・打ち合わせ”をテーマにしたテイストを出すようにしました。また立川はベッドタウンなので比較的リピーターが多いことから、どこの飲食店がおいしい、というような情報をコンシェルジュが提供したりと、徐々にキャラクタライズされつつあります。
これらについては、私が細かい部分まで指示を出すよりも、裁量権を拠点ごとのスタッフになるべく下ろしています。もちろん、ベースとなるセキュリティなどは全拠点共通ですが、中で使っているアイテムで共通のものは、文房具などごく小さなものだけ。ゴミ箱も会議室のイスも、拠点ごとに違います。渋谷には渋谷の特徴が、秋葉原には秋葉原の街の特徴があるわけですから、そこは考慮すべきだと思います」
また、4月に八重洲と東京ミッドタウンで、新サービス「ワークスタイリングFLEX」が開始。そしてこの5月には、新サービス「ワークスタイリングSTAY」のスタートが発表された。
「既存の他拠点型チェアオフィス・ワークスタイリングSHAREに加えて、よりフレキシブルな働き方を促進していきます。ワークスタイリングFLEXはその企業の会議室のように個室を使うことができ、1席からというように利用形態を柔軟に選べ、月額1席あたりの価格設定になっています。またSHAREが8時〜21時であるのに対して、24時間出入りすることが可能となっています。
例えば固定電話を引いて営業ステーション化するとか、内密にM&Aを仕掛けていて、自らの会社と相手先と会計士でプロジェクトを組んで3カ月で上申書を書くとか、そういった使い方に対応できるわけです。ワークスタイリングSHAREとワークスタイリングFLEXは別のサービスですが、SHAREの契約の上にFLEX契約があるため、FLEX契約者は全国30ヶ所のSHAREの利用ができるようになっているのが特徴です。
実はこの分野には、RegusやWeWorkといった海外から入ってきた先駆者がいます。ビジネスモデルとしてはワークスタイリングFLEXとよく似ています。ワークスタイリングFLEXは完全に法人向けなので、競合サービスに比べてビジネスの方向性が明確に異なります。また、セミナールームや大会議室を備えていることも、ワークスタイリングならではの特徴だと思います。
そしてワークスタイリングSTAYは、ワークスペースに加えてベッドと浴場施設を備えた宿泊可能な新しいサービスです。出張時にホテルでしっかり仕事がしたいというニーズにこたえる商品ですが、システムのローンチ作業などで夜中にどうしても作業が発生する方、海外出張などで不規則な時間に移動がある方などにとっては、新しいソリューションになり得るサービスだと思っています。働き方改革とは、それぞれのスタイルの差を認めることでもある。それが、このサービスの根底にある考えです」
最終回のPart.4は、ワークスタイリングのもう一つの大きな特徴である「ビジネススタイリスト」について。