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機能+デザイン+ストーリー=”愛されるブランド”
山下さんはMinimalを立ち上げる前、コーヒー店などたくさんのショップを回ったことで、多くのことに気づかされたと語る。
「東京でブランドをしっかりと立てて、有名になっている店に足しげく通いました。例えば『FUGLEN TOKYO』『COUTUME』『NOZY COFFEE』『THE ROASTERY』といったコーヒー店の他、『BROOKLYN RIBBON FRIES』や『Hillvalley』にも行きました。要は個人店ではないけれどそれに近い感じで、コンセプトを立てて世界観を作っている店、いいものを作る+付加価値で売っている店ですね。
思ったんですよ。結局は頭で理解するより、感じることだなと。だから、いろいろな店に行きまくった。そして、あらためて考えました。なぜこの店には、こんなに多くのお客さんが入るのか、と。
東京で流行っている店ですから、明らかに持っているものがオシャレだったりこだわっていたり、という層が集まっている。じゃあこの人達はなぜ、この店に通い続けるのか。どう考えても、味や店舗デザインだけじゃない。行くたびに、3時間ぐらいぼーっと座って考えていました。当時まだ会社員だったので、休日に朝からカフェを4軒ハシゴ、なんザラです。途中でもうコーヒーを飲めなくなって、コーヒーがメインの店なのにオレンジジュースを頼んだりしながら(笑)」
この店にはどんな人達が来て、何をしているのか、何を感じているのか、そして何を求めて来ているのか。いろいろな店に何度も行くうちに、感覚的にわかってきた。
「みんな、ストーリーを求めているのです。例えば僕はサラリーマン時代、スターバックスってなんでこんなに流行るのかな、とずっと思っていました。その理由を考えた時、スターバックスのサードプレイスというストアコンセプトが素晴らしいのだとわかった。おいしいコーヒーの味という機能と、オシャレな空間のデザイン。それに加えて存在する『家庭でも職場でもない第3の場所を提供する』というコンセプト、言い換えればストーリーがついて来た時、スターバックスという愛される強烈なブランドは完成する。
それが、いろいろな店に行きまくって見えてきたことでした。例えばここの店では、自家焙煎でこうやって豆を焼いているとか、このシングルオリジンの豆を使っているとか、バリスタさんとの会話までを含めた、ブランドの背景にあるストーリー。それに共感しているから、この人たちはここに来続けるとわかった。その奥行きの深いストーリーを、きちんと伝える努力をしているブランドは強い。それを肌で実感できました。その蓄積がこの場所であり、この店舗です」
コンセプトを固め、Minimalの店舗は2014年12月にオープンした。このブランド名に込めたのは「カカオという素材のよさを引き出したい」という気持ちだった。
「Minimalとは『最小限の』という意味。まず、チョコレートの最小限=カカオですよね。そこから転じて『本質以外を削ぎ落とす』という意味で、この名前をつけました。日本のもの作りって何だろう。それを考えた時、頭に浮かんだのが和食でした。和食とは素材のよさを引き出すための、料理人の技術の結晶です。
一般で売っているチョコレートは"足し算"。カカオから作ったベースにミルクやバターなどさまざまなものを足して味を作るものでした。あれはもちろん、偉大なヨーロッパの発明品です。でも、そこに僕らが日本発のチョコレートで挑戦していくとすると、大事なのは素材のよさを引き出すことだと思いました。
もちろん、ただ単に素材に頼っているということではありません。素材を見極める眼力と、素材のよさを引き出す技術と経験。その二つがしっかりしていないと絶対に無理であり、そういうモノ作りをしたいと思ったのが、この名前をつけた理由です。まあ実際のところは、名前のかわいらしさも意識しましたけれども…。女の子ウケがいいかも! という、モテない男の貧相な発想でもあります(笑)」
立ち上げから1年あまり。この間もさまざまな試行錯誤を重ねてきた。
「例えば立ち上げ当初、もっとカカオを強調した打ち出しを考えていました。『僕らはカカオラボ。カカオの研究所です』という、エッジを立てた方向性ですね。でもこの1年で考えた結果、今はチョコレート店という打ち出し方に戻しています。
振り返ると、マーケットと自分達の思いに距離がありました。『カカオラボ』って、お客さんからすると、ちょっと?ですよね。そもそも、『カカオってコーヒー豆からできていますよね?』と真顔で言う人、今も多いです。カカオはまだまだ、それほど意識されていない存在。その距離感を、この1年間で学ぶことができました。
他のビーントゥバーをやっている人達も同じだと思います。カカオにのめり込むほど、みんな"カカオオタク化"していく(笑)。既存のチョコレートとの差別化として、一番わかりやすい要素だとは思います。でもマーケットのお客さんは、あくまでおいしいチョコレートを食べたいのです。確かにビーントゥバーは、普通のチョコレートから少しディープな世界に入るもの。でも入り口は、あくまでチョコレート。それを忘れてはいけない。
僕らはエッジを立てれば立てるほど、この距離感を感じました。もちろん、議論もたくさんしましたよ。僕らはカカオの魅力をきちんと伝えていきたい。でもそのために、最初から『カカオです!』と言って間口を狭める必要もない。それがわかり、自分達の方向性が見えてきた。ワインになぞらえると、よくわかりますよね。「僕らブドウのお店です」と言っても、お客さんからすれば?です。
もちろん、自分たちがやりたいことの核はカカオにある。それは間違いありませんし、僕らはカカオの魅力を伝えたい。でもチョコレートという間口の広い存在から入って、カカオの世界にどっぷりはまるというパターンもあっていいし、実際にある。だから、入り口はあくまでチョコレート。そこからチョコレートの文化や世界の広がり、そしてカカオという素材に回帰してもらえたら、と思っています」
では山下さんは今後、ブランドをどのように成長させていきたいと考えているのか。第4回では、Minimalの今後の展開について、お話をうかがっていく。