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会社に在籍し続けながら、まったく新しい経験をする

原田 未来 はらだ みらい さん (株)ローンディール 代表取締役

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Part.3

 

■もしかすると、自分は伸びていないのではないか

 

レンタル移籍をした人には、出向元に戻って数年の間に、しっかりとしたアウトプットを残してもらう。それを事前に本人そして企業に周知しておくことが大事だ。

 

一定期間のレンタル移籍をしたら、向こう数年以内で出向元の会社に恩返しをしてほしいし、それぐらいのパフォーマンスを出せる人材に育て上げたい。ただしその後も、ひたすら同じ会社にい続けることがすべての人にとっていいことだとは思いません。そこは大事なポイントかもしれません。もし出向元で積んだキャリアが素晴らしいものなら、外に出ていった時『僕はあの会社に育ててもらったんだ』と宣伝してくれますよね。もしかするとそれがきっかけになって、キャリアを積んだ会社と一緒に仕事をするような可能性もある。企業にはそういう意識を持ってほしいですね。

その考え方の原点は、ラクーンという最初に務めた会社にあります。アパレルや雑貨の卸売りのECやB2Bの決裁をやっている会社でしたが、僕は本当にそこに育ててもらった。どこへ行っても自分のキャリアを話す時、はっきりと社名を言いますね。微々たる貢献ですが、それで少しでも恩返しになれば、という思いがあるからです」

 

原田さんはラクーン在籍13年間の中で、現在ビジネスモデルにつながる経験を積んだ。

 

「入社3年ぐらいは営業””としてガンガン動いて26歳で管理職、28歳の時に上場を経験しました。その後カスタマーサポート部門などいろいろな部署での部門長職や、新規事業の立ち上げなどをやらせてもらいましたが、30を過ぎたころから"安定軌道"に入ったような気がしました。。徐々に"回せる"が"こなせる"になり、『もしかすると、自分は伸びていないのではないか?』という疑問が生まれてきた。

 

 

会社には愛着を持っていました。一緒に育ってきた感覚があったし、部下とも一緒に頑張ってきた。上場前後のタフな状況を一緒に闘ってきた仲間はかけがえのない存在ですし…。でも自分を振り返ると、今、本当にマックスでやれているのか? という疑問がぬぐえなかった。同僚がほとんど皆、同年代だったこともあり『こういう人になりたい』というベンチマークもない。マネジメントもすべて我流でした。

すると、社外で商談をする時、出てくる人の年齢がだんだん近くなってきた。20代のころは、30半ばとかもう少し上ぐらいの年齢の方と商談することが多く、普通にできました。でもしばらく経つと、次第に他の企業に、30歳ぐらいのよくできる人が出てくるように。その時に『この人はすごくレベル高いな。俺、この人と勝負でるかな…』という気持ちが生まれてきて、自分の会社の中だけで閉じていることへの猛烈な危機感を感じるようになりました

 

その後、原田さんはカカクコムに転職する。

 

転職したら、インプットがすごくたくさんありました。ビジネススキルだけでなく、社風やカルチャー、マネジメントスタイルも、さまざまな違いがあった。初めて知ることが多く、それを経験するたびに『ラクーンでもっとこういうやり方ができたんだな』『あれをもっとやっておくべきだった』という発見がたくさんあり、もったいなかったと思った。やれること、伸びしろがたくさんあるのに気づかず、ただ仕事をこなし、やったつもりになって調子に乗っていた。そんな自分に気づき『何ともったいないことをしたんだ』と後悔しました。

でも、自分を育ててくれた1社目への愛着が大きかったのも確か。あの会社にい続けたことで得られたものも、転職して1社目を外から見て気づいたことも、たくさんあった。会社から見て、10年以上やってきた人間が外に出ることは損失。でも、成長の止まった人間がそのままい続けることも、よくない。じゃあ、どうやって会社にい続けながら、まったく新しい経験をするか。その両立を考えていた時にサッカーのレンタル移籍を思い出し、それが今につながりました。今思えば、最初の会社にい続けたら、きっと老害になっていたでしょうね(笑)」

 

■「絶対に成長する」という確信があった

 

ローンディールの立ち上げから最初に決まったレンタル移籍の事例が昨年のこと。「PR TIMES」のPRプランナー千田英史さんの「防災ガール」という一般社団法人への出向だった。防災ガールとは「防災をもっとオシャレでわかりやすく」をコンセプトに、20~30代の防災意識の高い女性を中心に活動する団体。ここでは、実際にレンタル移籍を経験した千田さんにも話を聞いていく。

 

 

「防災はもともと地味で、若い人はあまり関心を持ちません。そのため、もっとポップでわかりやすい発信をすれば、若い人の防災意識が高まるのではないか。防災ガールはそんなコンセプトで作られた団体です。昨年、約半年間、「津波防災」にフォーカスしたイベントを津波被害が予測されている太平洋岸の3カ所で行いまして、そこに携わった形です」(千田)

「PR TIMESの山口拓己社長にレンタル移籍の考え方に賛同いただき、導入に至りました。防災ガールは以前から体験イベントなどを行っていたそうですが、単発のものばかりだった。そのため、半年間を線で考えてPR戦略を立てられる人を探していたのだそうです」(原田)

 

 新卒で入った不動産業界を2ヶ月で辞め、PR TIMESは2社目。他社での業務経験はほぼない、という千田さん。面談と適性試験を受け、エントリーした3人の中から選ばれる形で昨年6月から11月までの半年間、週3日5時間ずつ防災ガールに出勤する形を取った。

 

株式会社PR TIMESの千田英史さん

 

ある程度『こうすればこうなる』と、選球眼がついてきた時期で、自分自身の思考パターンにやや食傷気味でした。PRに関するオファーを受け、考える立場だった人間が、オファーする立場にも立つのは良い経験になると思いましたし、実際クライアントになって、どんな「差」があるのかも見たく、参加しました。

当初は、試行錯誤の連続でしたね。実は最初は、僕にはPRに関するアドバイスと、イベントを実行しやすいようにフォーマット化する役割を求められていると思っていました。意見や企画はある程度そのまま採用され、あとはメンバーが動いてくれるものだと…。ところが実際にやってみると、ぜんぜん動かない笑。様々なことが多数決で決まり、初期の発案などはまったく支持されませんでした。組織の価値観はきちんと言語化されていて、頭では理解していましたが、決してすぐに見えてくるものではなく、そうした“慣れ”の期間も含め、コンセンサスビルディングは苦労しました

 

 レンタル期間中、静岡県の下田と愛知県の田原市、そして高知県の潮江地区で津波防災イベントを3回行ったが、最初2回は「オーソドックスだった。」そう感じた千田さんは、3回目のイベントに注力した。

 

「災害のニュースで多い「恐怖訴求」は、多くの人が接していて、既視感があります。例えば『30年以内に70%の確率で大地震が来ますよ』『日本人の〇割は向こう数十年以内に被災します』というような、大切な情報なのに、煽られているように感じるものです。人には、自分に都合の良くない情報を忘れようとしたり、自分だけは大丈夫と期待する本能があります。

そんな本能に応えるべく、地域を限定し「未来号外」を制作・配布しました。1年後、津波が襲ってきたことを報じる架空の号外で、計1万部を地域住民に配布しました。防災の受容性を想像力で高めるアプローチとして手応えはあったのですが、実は配布を実現させるまでの障壁もかなり高く、賛意も批判もたくさんいただいたんですよね。」(千田)

 

http://ushioeshinbun.jp/

 

「アイデアは刺激の強い内容だったので賛否両論ありましたし、実際に成果としてどうだったのかは、今まだ分析中で、わかりません。でも、防災のあり方を第三者の視点から打ち出したこと、そして本人が実際に高知に行って明け方にポスティングをしたことも含め、非常にいい経験になったと思います。

僕としては伴走する中で『絶対に成長する』という確信がありました。PR TIMESさんの多くの仕事は、まず基礎となるアイデア・ネタありきで相談をもらい、どう届けるか・訴求するかを考えるのが、主な流れ。でも今回、自分自身で基礎を生み出し、実際のアウトプットまで持って行った。間違いなく、素晴らしい経験になったはずです。そして防災ガールにとっても、自分達だけでは決して行えなかったアウトプットに仕上がった。これは大きな意味があると思います」(原田)

 

 

最も理解が進んだのは、合意形成の作り方だった。プランを実現するには担当者を動かすだけではなく、周囲を上手く巻き込む必要があることがわかった。レンタル移籍の終了後に行ったアセスメントテストからも、成長が見て取れた。

 

「結果を見ると、課題抽出力や実験する意欲、創造性に対する自信などが大きく向上していました。
以前と比べ、与えられた課題そのものを再設定する機会は増えたと感じます。解決策を大きくするには、課題が大きくないといけません。そして防災ガールのようなスタートアップには、自分だけでコントロールできないことも多々ある。とにかく潮目なんて読まずに動く。そんな感覚を得られました」(千田)

 

最終回となるPart.4では、ローンディールの現在の課題、そして今後のビジョンについて、語ってもらう。

 

文=前田成彦(Office221)/写真=三輪憲亮/撮影協力=PR TIMES

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プロフィール
原田 未来

原田 未来 はらだ みらい

(株)ローンディール 代表取締役

1977年千葉県市川市生まれ。2001年に立教大を卒業後、ラクーン入社。同社営業部長として2006年東証マザーズ上場に貢献。その後カカクコムを経て、2015年に株式会社ローンディールを設立。

※ 会社、役職、年齢など、記事内容は全て取材時のものです

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