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日本酒の"切り込み隊長"でありたい
「日本酒応援団」は、わが国が誇る商品・文化である日本酒を応援する有志が集まって作った集まりだ。日本酒が大好き、という一心で立ち上げられたこの会社のミッションは、日本酒のあるライフスタイルをもっと広げ、日本酒が好きな人を世界中で増やし、地域の発展に貢献すること。今回は同社の代表取締役である古原忠直さんに、お話をうかがう。
写真=矢郷桃
価格は、一般的な日本酒の市場価格よりもやや高めに設定されている。価格設定は、日本酒だけをベンチマークにしてはいない。意識しているのは、造り手が酒造りを継続できるだけの利益を確保することだ。そして、ソーシャルメディアには酒造りの現場の写真や動画を随時アップし、透明性の高い酒造りを心がけている。
「心がけていることが、酒造りの現場と地元の風景をしっかりと見せること。なぜそうしているかというと、例えばレストランのオープンキッチンは『こんなにきれいな場所で、こんなにこだわって作っているんですよ』という自信の表れですよね。それと同じように、なるべく酒造りの現場を皆さんに見ていただき、どのように造られているのかを知ってほしい。それに加えて、造っている地域のことをよく知ってもらう。味のバックボーンを知れれば、お酒をより深く味わえます。
いかにして、日本酒に高い価値を感じてもらうか。それを常に意識していますので、酒蔵が薄利でどうにもならない、設備投資もできないという状態では、やっていけない。そして消費者には、高い金額を払うだけの価値を感じていただかねばならない。正直、日本酒はワインと比べてだいぶ安い。だから、価格をワインと同じレベルに持っていきたい。そもそも生酒は、市場にあまり出回らないぜいたく品。造っている量が非常に少なく、管理も大変。地元の蔵に行った時しか飲めないお酒を、市場に出しているわけですから」
販売戦略の基本は、固定観念にとらわれず、利用者にとって最も便利な売り方を逆算して考えること。そんな中で重視しているのが、ネット販売とイベントだ。
「インターネットでご注文いただいたら、2日後を目途にご自宅にお届けする。そんな当たり前の販売形態ですが、日本には今も、インターネットで買えない日本酒がたくさんある。だからこそ、ネット販売には最初から力を入れています。
イベントを重視しているのは、消費者の顔を実際に見られるから。目の前で飲んでもらい、彼らがどんな表情でお酒を飲み、どんな意見を持っているのかを、なるべくダイレクトに知ることです。今は毎週のようにイベントに出て、他の日本酒の事業者がやらないことをやり、なるべく消費者に近い所での販売を心がけています。ウチのお酒の魅力をきちんと伝えてくれるお店に限って卸もやっていますが、割合としてはネット通販やイベント販売などの直販が6~7割ぐらいでしょうか。僕らの基本戦略は『消費者から見てどうなのか』。そこで考えの合う小売りのパートナーさんが見つかれば、ぜひ組んでいきたいと思っています」
実際にこの3月、高島屋との業務提携的な共同の取り組みを発表。1タンクから限られた本数しか取れない「しずく斗瓶取り」という手法を用いた『KAKEYA』『NOTO』『AGEO』の限定商品を発売している。
「大手の百貨店さんですから、すごい販売力をお持ちです。もちろん大手さんとも、考え方が合うならばぜひやっていきたい。高島屋の皆さんは、すでに今年の2月から弊社のパートナーの蔵に泊り込みで酒造りの工程に参画していただきました。そして今後は、酒造りの全ての工程に参加してもらいます。もちろん、田植えも全員参加です。そして販売する際は、ウチの販売員が実際に現場でお酒のことを伝える機会を毎年、設けさせていただきたいとお話しました」
なるべく消費者の声を聞き、消費者に近い場所で販売する。そのためには、異業種とのコラボレーションをいとわない。昨年は、ジャガー、ランドローバーとイベントを共催している。
「日本酒と車。一見、何の関連性もありません。値段はかたや2000円で、かたや2000万円(笑)。ジャガー・ランドローバーさんはイギリスの会社ですが、こだわった少量生産の車造りをずっとやってきている。そこに僕らのお酒と通じるものがあると思い、一緒にやってみました。ジャガーやランドローバーといった丁寧かつ少量造ったものにこだわって乗る方と、僕らのお酒を買う方は似ている気がしまして。こういった異業種とのコラボは、今後も続けていきたいですね」
古原さんが持ち続ける「顧客目線」。その原点は、ベンチャーキャピタルでのビジネスにある。
「大学卒業後、商社を経てアメリカ系のベンチャーキャピタルに勤め、創業期の企業に対する投資をやっていました。単純な『投資する、しない』じゃなく『こうすれば、この企業は成長するんじゃないか』という可能性を考えて、いけそうな会社に出資をして、一緒にやっていく。いわゆる金融系の仕事というより、もっと企業に近い所で事業を立ち上げていく支援の仕事だと解釈していました。
そこで常に言っていたのが『マーケットにニーズはあるの?』『誰のためになっているの?』ということ。みんないろいろ難しいことを言っても、結局、そこに尽きる。その部分を徹底的に絞り込んで考えられるか。例えアプリ一つでも、どれだけきちっと利用者目線で設計するか。それは、ベンチャー企業の成功を左右する最大の要素。どんなに素晴らしい技術があっても、使う人がいなかったら何の意味もない。だから、とにかく頑固にならないこと。そして、作った後も改良に改良を重ねていくことが大事。これは、シリコンバレーに留学していた時にも、嫌というほどたたき込まれました」
自らがベンチャー企業を経営する立場になって、あらためて見えてきたものもあった。
「特に意識しているのは、作り手と飲み手、それぞれの目線を忘れないこと。小売店が『うちは小売り専門だから売り手の立場だけで話します』というのはダメだし、酒蔵が『この工程が大変だからこの値段です』というのもダメです。
社員にも口うるさく言いますね。例えば酒造りから帰ってきたばかりの社員に業務のレポートを書かせると、たいてい『こんなに苦労した』『こんなにこだわった』という細かい技術の話をいっぱい入れてくる。でも、それが飲み手の人にとって本当に必要な情報なのかを、常に考えてほしいし、飲み手として何が素晴らしいのか、という目線を忘れてはダメ。なまじ興味があるから、どんどんそっちに行っちゃう。造り手が『これはすごく大変だった』とか『これは高度な技術が必要だったから高い』と語るのは、飲み手には決して通用しません」
今後は、取引する蔵元をさらに増やしていく。目標は、全国30蔵まで増やすことだ。
「なるべく地域が分散する形で、地域らしいお酒を少量ずつ造り、広めていきたい。僕らは日本酒というカテゴリーの"切り込み隊長"でありたいと思っています。日本酒応援団のお酒を飲んだ結果『日本酒っておいしいね』となり、うちの日本酒ではなくても、他の日本酒を飲む機会が増える。そうやって日本酒ファンを少しでも増やせれば、それでいいんです」
飲み手のニーズを誰よりも考え、日本酒のあり方を再定義する。そして日本酒というマーケットを大きくしていく。それが古原さんの大切にする思いだ。
(終わり)