18
例え悪いことを書かれようと隠さずオープンにする
Eコマースの物販を手がける小さな会社で経験を積んだ西井さんは2007年、化粧品メーカーのドクターシーラボに転職。ここでの経験が大きな転機となる。
「自社のお金で広告をして、それをどう回収をするか。ドクターシーラボで勉強したのは、そのサイクルでした。実は入社する前から、僕はメーカーECをやりたかったのです。それは物販会社の、商品を仕入れて売る、というサイクルに限界を感じていたから。はっきり言えば、その部分はAmazonの一人勝ち状態です。しっかりとした独自性のある自社製品がなければ、勝てる可能性は限りなく低いと思いました。
メーカーECの魅力は、独自性や強みを作りやすいこと。そして、顧客の声の熱量が高いことです。口コミで言えば。メーカーのサイトと例えば価格比較サイトでは、熱量がぜんぜん違うんですよ。価格比較サイトの口コミは『この商品はこういうスペックで~』といった、非常に評論家然とした印象です。それに対しメーカーのサイトには『すごくカッコいい』『最高だよね』という、熱のある口コミが数多く見られる。要は、その製品の熱烈なファンが書き込んでいるわけです。
また、例えば価格を下げられなくてキツい、という状況において、物販のECサイトで解決できることはほとんどありません。でもメーカーであれば、スペックを見直したり、オリジナリティのある商品を開発するなど、解決できる可能性はいくらでもある。顧客とどう向き合うか。それをダイレクトに考えられることがメーカーECの強みであり、面白さです」
またドクターシーラボは、西井さんが入社する以前からマーケティング意識が非常に高い会社だった。経営者がマーケティングの重要性を理解しているからこそ、たくさんのチャレンジができた、という。
「マーケティングを必要なものとしっかり捉えながら、今後どのようにEコマースに取り組んでいくかを真剣に考えている会社でした。そこで働くことができたのは非常にうれしかったですね。
6年間の在職中には、マーケティング部で非常にたくさんの事例を手がけてきました。いっぱいやりすぎて、これだ! という具体的な事例を挙げるのは難しいです(笑)。マーケティングはプロモーションじゃありませんからね。何か一つのことでセールスがいきなりドカンと上がる、という質のものではありません。入社以来、セールスは5倍以上伸びましたが、何かしらのメガヒットを生み出したわけでは決してない。売り上げが上がっていく中、それぞれのフェーズにおいて、やるべきことをやった。そしてその結果、売り上げがさらに上がった。それだけのことです」
'13年、西井さんはドクターシーラボを退職。再び、半年間をかけた世界1周の旅に出る。海外を放浪し、はっきりとわかったことがあった。
「10数年前、最初の世界1周をしたころは、日本のメーカーは自動車や家電を中心に、世界ですごく強かった。どこの国にも、必ず看板がありましたからね。でも今は、多くのものが韓国や中国の企業などに負けている。最初に世界1周した時と何が一番変わったかというと、そこでした。世界における日本の存在感は、確実に薄くなっている。そんな危機感を覚えました。そして、日本に帰国。今までやってきたデジタルマーケティングという分野の中で、自分がやれることはたくさんあるのではないか。日本の会社が強くなるお手伝いが何かできるのではないか。そんな使命感のような気持ちを覚えるようになりました。
今の時代、マーケティングとは、どこかのセクション単独ではなく、会社全体で取り組んでいくべきもの。そしてデジタルデータの解析や設計スキルは必須で、それに対するクリエイティブも動かせるような組織を作らねばなりません。多くの日本企業ができていないような気がして、とても残念でした」
起業することは、ドクターシーラボを退職した時点で決めていた。だが、具体的なCMOのサービスは海外に行きながら徐々に考えていった。
「会社を辞めてまた世界1周の旅に出る、と決めた時、多くの人が心配して下さったんです。『大丈夫!? もっと旬なうちに転職活動や起業をした方がいいんじゃないの?』って。でも、それほど心配することでもないと思い、半年ほど旅をしました。
実はその最中に、いろいろな方からたくさんのオファーをいただきまして。そのほとんどが、マーケティング関連のもの。例えばCMOやマーケティングのセクションの長になってほしい、というような話はいくつもありました。あらためてその内容をよく考えてみると、僕が思っていることと世間のニーズが合致していることを、はっきりと確信できたのです。
ドクターシーラボを辞めてすぐに起業や転職をしていたら、そこまでの確信は得られなかったでしょう。フリーになってみたら、自分が意外と必要とされていることがわかった。その必要とされているものを、自分の会社の事業としてしっかり確立しよう。そう思いました」
西井さんはそんな思いでwarmthを設立するとともに、CMOとしてオイシックスに入社する。その背景についてはPart.2に記したので割愛するが、化粧品業界からネットスーパーへの転職は、大きなチャレンジだった。
「今、黒字化しているネットスーパーは世界的にもほとんどありません。なぜなら野菜の通販は鮮度や品質管理や商品の季節要素などがあり、サイトの更新頻度も高ければ、在庫管理や発送までのロジスティックスに至るまで、Eコマースとしては非常に難易度の高い仕事だからです。
そもそも多くのネットスーパーは、実店舗のあるスーパーが既存店舗とあわせて同時に運営しているものだったりします。実際のスーパーマーケットとネットスーパーはお客様の行動がまったく違いますし、はっきり言えば別の業態。それを同時並行的に運営していくのは、非常に難しいことです。実店舗があることはネットスーパーを営む上でのメリットにもなりますが、デメリットにもなり得る。
その点、オイシックスは全国の安全性が高くておいしい野菜の流通という、Eコマースとしては非常に難易度の高い仕事のみで、ゼロからやってきました。そして何より、社員の皆さんの情熱が素晴らしい。だからこそ、私も一緒にチャレンジしたいと思ったわけです」
同じEコマースだが、化粧品と野菜。アイテムは大きく変わった。
「化粧品の場合、扱う商品の季節による違いはほとんどありません。でも野菜には、さまざまな季節要因が存在します。同じ生産者が作ったトマトでも、例えば夏になると春に比べて糖度が下がったりで、口コミが悪くなることがある。季節によって、明らかに違うものになるわけです。そんな季節要因が年中ある中で、お客様にはおいしいものを食べてもらいたい。ゆえにアイテムの入れ替えを頻繁に行う必要があります。化粧品と比べて、野菜は社内のPDCAサイクルがとにかく速い。都度出てくる旬の野菜をどうPRするか。そのやり方は季節によってまったく変わってきます。
それと、難しいのが天候。例えば、年に何度か大雪が降りますよね。ドクターシーラボでは、雪が降っても何とも思いませんでした。でも、オイシックスでは大騒ぎです。大雪が降った途端、明後日に届けないといけない野菜がない!となる。そこは大変ですね」
野菜でも化粧品でも、Eコマースに共通する大切なことがある。それは「自社の強みをサイトで表現する」ことだ。
僕はよく『ECサイトを自動販売機にするな』と言うんです。数あるECサイトの中で、どう違いを出すか。それをお客さんに、しっかりと伝えなくてはいけないということです。
例えばお客様の意見を取り入れて寄りそったサービスや商品を開発しているメーカーのECだったら口コミやコミュニティなどを自社サイトに設置して、その意見などに真摯に向かいあう。生産者の思いのつまった野菜を届けるサイトなら、スペックだけでなくて、商品を作っているこだわりや苦労を伝える。販売者による一方的なカタログの情報ではなくて、消費者や生産者といった普段見えずらい情報を可視化して、お客様が買いたい気持ちになったり、応援したくなるような企業(サイト)にしないと、ECサイトはただのスペックと価格比較だけの自動販売機になってしまいます。
口コミなどは、「悪い評判を書かれるのが怖いから掲載したくない」という企業もありますが、特に自社の商品を持っているようなサイトは、ちゃんとファンがいれば基本的には応援される口コミが多くなってきます。また、誹謗中傷のような意見ではなく、応援しているからこそ、悪いサービスなどには改善の要望などが増えてきます。そのような意見に向かい合って、さらによい商品やサービスを作っていけば、たくさんのファンができてきます。
このような企業の活動はデジタルマーケティング部署だけではおさまらず、経営も含めた全社で実行しなければいけない規模になりますが、自動販売機にしないためにも、一部門の仕事でなく、マーケティングを全社で実行できるような組織が増えるといいですね」
最終回となる次回は、オイシックスそしてwarmthにおける西井さんの今後のビジョン、そして、いちマーケターとしての心構えなどについて聞いていく。
1975年生まれ。福井県出身。
金沢大大学院を卒業後バックパッカーとなり、2年半をかけて世界を1周。自らのウェブサイトにてアジア、南米、アフリカ各地で旅行記を更新。それが口コミで広がり話題となる。
帰国後は2003年にEコマース企業に入社してウェブマーケティングに取り組み、モバイルコンテンツ会社を経て’07年にドクターシーラボ入社。Eコマースグループグループ長などを務め、’13年末に退職。
再び世界1周の旅を経て昨年春、自ら株式会社warmthを立ち上げるとともに、オイシックス株式会社のCMOに就任した。
※ 会社、役職、年齢など、記事内容は全て取材時のものです