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本当の意味でモノ作りを知らないことが、どれだけ罪深いか

鳥越 淳司 とりごえ じゅんじ さん 相模屋食料(株) 代表取締役社長
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part.2

 

■5つの企業で一緒になって、スーパーの売り場全体をプロデュースする。

 

鳥越さんはもともと、雪印乳業の営業マン。同社でキャリアを積む中で、商品開発においても、今につながるさまざまな知見を得ていった。

 

「例えば今も、私は商品のパッケージデザインを手がけています。鉛筆でラフを描いて、それをデザイナーさんに送って、といった一連のやり取りすべてを、自分でやっているんです。いまもそういったことをしている原点は、雪印時代にあります。

 

当時はいち営業マンで、正直、やれることが限られていました。でも『売りたい!』という思いが強かったものですから、どうしたら売り場や商品をもっとよく見ていただけるのだろう、ということをずっと考えていました。その中で例えばPOPやプライスカードなどを、見よう見まねで自分で作ってみたり…。まぁ素人なんで、何じゃこりゃ!? というものもありましたが、この経験が今につながっていますね」
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他にも、5社共同でスーパーの売り場全体のプロモーションアイデアを検討したことがあった。

 

「あれは'90年代の終わりで、まだ『コラボ』という言葉が一般的ではない時代。私は当時、群馬の支店にいたのですか、その時に考えたのが、スーパーの売り場全体を、5つの企業で一緒になってプロデュースすることでした。例えば雪印の扱いは牛乳、バター、チーズ、ヨーグルト、デザート、冷凍食品ぐらいですが、他にも味の素さんなら調味料やスープ、フジパンさんならばパン、というように、雪印が販売していない商品を扱う会社さんとタッグを組んで、一緒に売り場を作っていこうという取り組みです。

 

僕は当時、これを『チームプロモーション』と呼んでいました。一介の営業マンですが僭越ながら各社の支店長さんクラスに直接電話をして、交渉。当時はまだコラボという言葉もないし、実績もなかったから、もう情熱で押すしかない。味の素さんにフジパンさん、あとはスパイスがほしいからエスビー食品さん、そしておとうふがほしかったので、当時の相模屋にも声をかけました。
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特に素早く反応して下さったのが味の素さん。実は雪印サイドはただの営業マンが一人でやっているだけだったのですが(笑)、『新しい動きをしているぞ』と注目して下さり、社内のイントラネットの情報を開示する代わりに、このプロジェクトで得た知見を共有し、データ収集を行いたい、という申し出をいただきました。単なる私の思いつきがずいぶんと大がかりな話になってしまい、当の私自身が驚いたぐらいです(笑)。

 

この経験が今、不二製油さんやカルビーさん、菊乃井さんなど、さまざまな企業さんと一緒に商品開発を行うことへの抵抗感のなさにつながっています。当時は企業が共同で何かを仕掛けるとしても、多くて2社でした。この時のように、5社が一緒になって行う取り組みは、恐らく初めてだったのではないでしょうか」
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■工程を上っ面でわかっていても、何の意味もない。

 

しかしこのチームプロモーションは、悲しい結末を迎える。プロモーションとして展開しようとしたのが、2000年の夏。しかしその時、雪印による食中毒事件が発覚したのだ。

 

「2年をかけて準備しましたが、すべておじゃんです。もしできていれば、革命的な出来事でしたが…。本当に残念でした。でも当時は、それを悔しがっている場合ではありませんでした。食中毒事件で、あまりにもいろいろなことがあり過ぎましたから。
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事件が起こってすぐに、被害に遭われた方のお宅を謝罪して回りました。その時に最も情けなかったのが、ただ単に『申し訳ございません』としか言えなかったことでした。どういう風にこの商品が作られており、どういうリスクあり、どうリスク管理がなされているのかを、まるで説明できなかった。こんな無責任なことはありません。そして、手がけていたチームプロモーションのことはすべて、頭から飛んでしまいました。

 

モノ作りの会社にいながら、本当の意味でのモノ作りを知らない。この罪深さはあり得ないと思いました。この製品が作られる工程はこうで、こんな風に受け入れ基準が決まっていて、なんてことを、上っ面でわかっていても意味がない。実際に製造現場に入り、こういう思いを持って、こういう工程で商品は作られるんだ、ということを真の意味で理解できて、初めて売ることができる。そんな当たり前のことを、あらためて認識しました」

 

それらの事情があったことから、'02年に相模屋食料に入社した際は実際にラインに入り、徹底的に豆腐作りを学んだ。

 

「学んだというより、身につけたという感じです。当時は夜中の1時からずっと、おとうふ作りをやっていました。ですから今は、おとうふ作りのことなら何でもわかります。

 

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新商品を作る時にどういう課題があり、どんなポイントでつまづいて、どこでみんなが諦めるか。そして、どうすればそれを改善できるか。それらをすべて、頭の中にノウハウとして蓄積していますから、新しいことをする時に躊躇しないし、必ずどうにかできる、という自信がある。

 

私は現場をすごく大事にしていますから、工場にいる日は必ず回ります。もちろん、現場のスタッフは嫌がりますけどね。逃げ場がなくなるから(笑)。適当な報告をされても、すぐにばれます」

 

次回は相模屋食料が大きく飛躍するきっかけとなった、豆腐作りにおけるイノベーションと第三工場の建設について、話を掘り下げていく。

 

Part.3に続く

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プロフィール
鳥越 淳司

鳥越 淳司 とりごえ じゅんじ

相模屋食料(株) 代表取締役社長

相模屋食料株式会社 代表取締役社長。1973年京都府出身。早稲田大卒業後、雪印乳業入社。’02年、相模屋食料に入社。’07年に代表取締役に就任し、同社を大きく成長させ、木綿豆腐、絹ごし豆腐で生産量日本一を達成した他、「ザクとうふ」「マスカルポーネのようなナチュラルとうふ」などのヒット商品を手がけている。著書に『ザクとうふの哲学』(PHP研究所刊)。

※ 会社、役職、年齢など、記事内容は全て取材時のものです

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