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自分の経験をぶつけ、広げていく
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自分の経験をぶつけ、広げていく
鶴見さんは大学時代にマーケティングを専攻。卒論は、コアなコミュニティを動かすアプローチの仕方を、かねてから面白いと思っていたモーニング娘。のユニット戦略になぞらえて執筆した。
「当時ミニモニ。やプッチモニなど、モー娘。からさまざまなユニットをスピンオフさせる試みが盛んでした。母体がありつつ、その中で何と何をかけ合わせれば面白いユニットが生まれるか。その試みの中で、あえて驚きや人間の不協和を起こすことで、人の心を動かす。その方法について書きました」
卒業後は博報堂に入社。クリエイティブ局で佐藤夏生さん(現HAKUHODO THE DAY代表取締役)の元、コピーライターとして数々の広告を手がけている。
「もともとはクリエイティブ志望ではなく、大学で専攻していたマーケティングがやりたかった。それなのになぜか配属された時は、コピーライターという職すら知りませんでした。でも、やってみるとすごく面白かった。博報堂でクリエイティブを経験できたことは、すごく大きな財産ですね。
この経験で得たのは、お客さんと常に接し続けなくてはダメだということでした。イノベーションとは、今まであった何かを壊して進んでいった時に起こる。上から見て『じゃあ、ここを攻めようか』じゃダメなんです。お客さんの前に立ち、お客さんと接して、そこにあるものを変えていく。その考えが、市場を見る意味でも非常に勉強になりました。これは、アイドルも同じですね」
働き方という意味でも、鶴見さんの考えは非常に興味深い。鶴見さんは今、HAKUHODO THE DAYに籍を置いてコピーライターとして活動しつつ、ALL BLUEでチーフアイドルオフィサーを務める。つまり会社にいながらにして、パラレルキャリアを実践している状態だ。
「サラリーマンという枠の中で、与えられた仕事をしつつ、いかに専門性や趣味を発揮できるか。その追求という意味で、今の会社はとてもいい環境です。僕がやっていることを面白がってくれる人がたくさんいる。そんな恵まれた環境に感謝しています。
僕のキャリアのイメージは、例えるならパラレルというよりクロス。それぞれの経験がそれぞれの経験を刺激している状態です。例えばコピーライターとしてクライアントへの提案を考える時、アイドルの仕事をしていることで、他と違う視点でモノを見ることができ、ひと味違うアイデアを出せる。逆に言えば、一つに限定されすぎると固まってしまうのではないか、という危機感が常にある。
コピーの仕事で困ったら、必ずAKB48グループの曲を聞くんです。いや、困らなくても聞いているのですが(笑)、ほとんどの答えは彼女達の歌詞の中にあるし、どんなことも彼女達の活動になぞらえることができる。
あるスポーツメーカーの担当をしていた時、スポーツのことが何もわからなかった。だから、すべてをアイドルに置き換えて考えていました。例えば『ネイマール』(サッカー・ブラジル代表)という人を知らなかったんです。そこで、どんな人なのか話をよく聞いてみると、どうも松井珠理奈っぽい(笑)。そこからコピーを書くために、想像を広げていった。
上には前田敦子のようなレジェンドがいて、若いから先輩から叩かれるかもしれない。でも、下にもいいのがたくさんいる。だから突き上げも食らうだろう…。そんなことを想像しながら、キャンペーンのコピーを書きました。結果はたぶん、正しかったはず(笑)。未知のことであっても、自分の経験をぶつけ、広げていく。その発想があれば、みんなもっと幸せになれると思いますよ」
さまざまなアイドルが、それぞれの方法で活躍を続ける今、売れているアイドル達に共通するエッセンスはあるのだろうか。
「正直、これ!というものはないですね。今の時代はものすごく思考が細分化されています。つまり、マスマーケティングはないということ。思考に伴ってマーケットも細分化されているので、半分くらいの人に嫌われても商品は売れますし、マーケティングは成功する時代です。まあCMを作る側としては、その辺が難しいところなのですが。CMは、8割の人にウケることを考えて作らねばならないので…」
今の時代のマーケティングで確実にいえるのは「マスからファンコミュニティへ」という流れができていること。マスに支持されることよりも、熱狂的なファンを増やす。それによって、ビジネスの基盤を支えていくのだ。
「今、人気のあるアイドルも、成功の背景にあるコンセプトはさまざまです。例えばAKB48のメンバー選定基準については、いろいろと言われていますよね。クラスで1番のかわいい子じゃなく、3番目にかわいい子を集めている、いや10番目だ、みたいなことが、ファンの間でああでもないこうでもないと語られている。そんな中で僕が思うAKB48のすごいところは、日本全国1億2千万人の共通体験である『学校(教室)』という概念を発見したことだと思います。
学校(教室)では、ドキドキしたり、頑張って何かに成功したり、何かに反発したり、という経験が誰しもあるものです。そんな1億2千万人の共通体験を、AKB48という一つのドラマに当てはめている。それが、すごい。
そうかと思えばももクロは、マネージャーの川上アキラさんが彼女達のストーリーをプロレスになぞらえています。いわば台本のある茶番劇を、彼女達は一所懸命、本気で頑張って演じている。そこには、台本と本気の頑張りという二重構造がある。
つまりアイドルビジネスにおいては『こうすれば成功する』という方程式はない。でも確実に大事だと言い切れることはあります。それは①人の心を動かすポイントを捉える②新しいメディアの波に乗る③マーケットの変化に素早く対応する、といったことです。特に③は非常に大事。短いスパンでPDCAを繰り返し、顧客との感覚のズレを決して作らないこと。そのためにも僕自身、現場には極力足を運ぶことを心がけています。
正直、テレビ局も広告代理店も、みんな遅い。感度のいい人はみんな、現場にいますよ。現場で起きていることがニュースとして報道されるまでのタイムラグは、1年ぐらいある。自分の中にある時計を、決してずらしてはいけません。
僕が特に重視しているのは、ライブを見たりSNSをチェックしたり、人に会うことですね。人に会うとは、例えばファンの方の飲み会だったり…まあ、実際は趣味として行っているのですが(笑)」
最終回の第4回では、アイドルカルチャーの今後、そしてALL BLUEの今後の展開について、話をうかがっていく。
※ 会社、役職、年齢など、記事内容は全て取材時のものです