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皆が無理だと思っている=誰もやらない。勝ちポイントはそこに

鳥越 淳司 とりごえ じゅんじ さん 相模屋食料(株) 代表取締役社長

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part.3

 

■自分達の業界を、自分達で暗くしてしまっているだけ。

鳥越さんは、'02年に相模屋食料に入社するとともに、まずは夜1時に出勤し、ラインに入って徹底的に豆腐作りを学んだ。

 

「おとうふの製法はとてもシンプル。大豆を水に漬け、それに水を加えて、すって煮て、おからと豆乳に分ける。そして、にがりを豆乳に加えて固める。それだけです。使うものも水だけ。非常にシンプルですが、だからこそ、触るところが少ない。そこにどれだけ独自のノウハウがあるかは、やってみないとわからない。毎日、入ってくる大豆は微妙に違いますから、それをどうコントロールしていくかも、体を使って知るしかありません。

現場には2年ほど入っていましたね。もちろん、今も頻繁に入りますが。入ってすぐに、ベーシックなことは理解できました。あとはそこに肉づけしていきましたが、以前も今もずっと意識しているのは、わかった気にならないこと。わかった気になると、すべてがそこで止まってしまう。『なぜこうなるんだろう?』という初心を決して忘れてはいけません。でもみんな、『自分はもう、あのころの自分じゃない』みたいに思って、だいたい忘れてしまいますよね(笑)。私はそう思わないよう、ずっと心がけています。実際、現場では毎日いろいろなことが起きて、日々変化していますからね」

 

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そして冷静な目で豆腐のマーケットを俯瞰した時、多くのチャンスがあることにも気づいた。

 

「入社当時、同業の方々のお話をうかがう機会が何度かあったのですが、皆さんもう、悲観的な話しかしない。『スーパーに価格でいじめられている』とか『あの会社が倒産しそうだ』とか『原料が高くなっている』とか、暗い話ばかりしていた。皆さんが、この業界はもう変わらないことを前提に、お話をされていました。

でも私は思ったのです。これは、自分達で自分達の業界を暗くしてしまっているだけだと。

おとうふの市場規模は確かに毎年減少し続けていますが、それでも今、約6000億円あります。例えばヨーグルトの市場規模がだいたい3000億円ぐらいですから、私からすると、すごく大きな市場です。それなのに、最前線で戦っているプレーヤーの方々が『もうこれ以上はどうしようもない』と諦めている。

これはすごく大きなチャンスじゃないか。そう思いました。まだまだやれるのに、みんながやらないと決めているわけです。つまり、やるのは自分だけ。すごく恵まれた状況ですよね。そんな気持ちが、その後のビジネス展開につながっていきました」

 

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■せっかくのおいしい状態で、そのままパックしたい。

 

相模屋食料に入社した鳥越さんがまず手がけたのは、定番商品の木綿と絹の製法を徹底追求することだった。

 

「根底にある考えは『皆がどうしようもないと思っている=誰もやらない』ということ。勝ちポイントはそこにある。そこで、皆さんが諦めている木綿と絹について、製法を見直していきました。

ラインに入り、現場でおとうふの試食、味の調整を日々繰り返しました。そのうちに再認識したのが、できたてのおとうふはやはりおいしいということ。おとうふの味の調整はできたてのアツアツで行うものですから、この状態が一番おいしいのは、現場にいる人間なら皆わかっています。できることなら、せっかくのおいしい状態でそのままパックしたいと思いました。でも通常の製法は、アツアツを水にさらし、冷やしてからパック詰めするというものでした」

 

できたての豆腐を水の中に入れて動かし、手作業でパックに詰める。それが当時の一般的な製法だった。豆腐は必ず水にさらすもの、という固定観念。鳥越さんはまず、そこに挑んでいく。

 

「おとうふ=水にさらすものという固定観念から、いつまで経っても抜け切れない。業界全体がそんな状況にあったと思います。通常、水の中でおとうふをパックする時は、パックに向けておとうふを動かしていきます。割れたり欠けたりしますから、水の中で動かすことはいわば常識でした。

しかしここで、逆転の発想をしてみました。私達はパッケージメーカーではなく豆腐メーカーです。なぜ、パックに合わせておとうふを動かさなきゃいけないんだ、と。そこで水にさらさず、ラインを流れてくるおとうふに対し、全自動で上からパックをかぶせることを考えました」

 

第三工場ロボットライン第三工場ロボットライン

 

この製法による豆腐作りに初めて取り組んだのが、2005年の7月に立ち上がった日本最大規模の第三工場だった。

 

「当時の売り上げは年間32億円。その時に41億の投資をして作った工場です。もしここで失敗していたら、今のウチはなかった。前例のない生産ラインなので、上手く稼働するまでには本当に多くの苦労がありました。私は深夜の担当として、毎日朝まで新ラインの生産を担当していました。朝7時に交代で人が来ると、神様に見えたものです。『ああ、やっと今日も終わった』と。

この時の経験は大きかったですね。経験やノウハウとは目に見えない部分がとても大きい。もちろん必死にやることが前提ですけれども、そうやって次につなげていけば、次の時に同じトラブルは起こらない。起きたとしても、対処法はわかっている。そして、こういう時はこうすればいい、というものが、自分の中に蓄積されていく」

 

相模屋第三工場日本最大規模 相模屋第三工場

 

今も、この製法で豆腐を作るメーカーは他にない。

 

「当然です。生産コストが少なくとも通常の3倍かかりますからね。そんなバカなことをするなら、通常の製法のラインを3つ買って並べたほうがいい。それが、普通のメーカーの考え方だと思います。でも私達がやりたいのは、ただ単におとうふを生産することではなく、おいしいおとうふを作り、提供すること。そして考えたのは、そのために何をするか。要は、コストのかけ方に対する視点が違うのです。

工場の稼働後、実際の製品の値段は上げてこそいませんが、下げてもいません。いわゆる値ごろ感のある価格で、いい商品を提供できるようになりました。私達は決して、バカ安な物を作る気はありませんが、おいしい物を高く提供しても意味はない。おいしい物をそこそこの値段で。それが、価格に対する基本的な考えです」

 

熱い状態でパックすることでおいしさを保つ。その新製法によって生まれたもう一つのメリットが、賞味期限の延長だった。最終回となるPart.4では、相模屋食料の売上拡大への軌跡、そして今後の展開について、話をうかがっていく。

 

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プロフィール

鳥越 淳司 とりごえ じゅんじ

相模屋食料(株) 代表取締役社長

相模屋食料株式会社 代表取締役社長。1973年京都府出身。早稲田大卒業後、雪印乳業入社。’02年、相模屋食料に入社。’07年に代表取締役に就任し、同社を大きく成長させ、木綿豆腐、絹ごし豆腐で生産量日本一を達成した他、「ザクとうふ」「マスカルポーネのようなナチュラルとうふ」などのヒット商品を手がけている。著書に『ザクとうふの哲学』(PHP研究所刊)。

※ 会社、役職、年齢など、記事内容は全て取材時のものです

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