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チョコレートという食文化の枠を、もっと広げていく

山下 貴嗣 やました たかつぐ さん 株式会社βace 代表取締役

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「ビーントゥバーチョコレート」をご存じだろうか? カカオ豆と砂糖というシンプルな組み合わせで、カカオ豆(Bean)から板チョコレート(Bar)になるまでの全工程を自社ですべて行って作られたチョコレートのことだ。今回登場いただいたのは、東京都渋谷区で「Minimal」というブランドを展開する株式会社βace代表取締役・山下貴嗣さん。チョコレートの新たな可能性を模索する山下さんのお話を、4回にわたりうかがっていく。

文=前田成彦(Office221) 写真=三輪憲亮


Part.1

 

■ワインやコーヒーと同じ感覚で、ビーントゥバーを楽しんでもらいたい。

 

渋谷区富ヶ谷。"奥渋"といわれるこのエリアの山手通り沿いに、チョコレートブランド「Minimal」のショップはある。

 

「ショップ兼工房なので、ちょっとカルチャーがある街というか、大通りの一等地ではない、やや奥まった所がよかった。ニューヨークでいえばブルックリン、サンフランシスコでいえばミッションみたいに、都市部へのアクセスはいいけれど、喧騒から離れ、ちゃんとモノ作りができる場所ですね。ここは渋谷や新宿へのアクセスがいい割には、意外と知られていない。そしてコーヒー店とか、こだわった個人のお店がいろいろとある。ライフスタイルの充実に重きを置く方々が多く住み、皆さんモノ作りへの感度も高い。

 

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僕らは、大量にお客さんが来てすぐに帰っていくような店は作りたくない。なぜなら、ここにいらっしゃる方は、最初必ず『ビーントゥバーは、普通のチョコと何が違うの?』と思われるはずだから。今考えているのは、チョコレートという食文化をもっと広げていくこと。1日数十人でもいいから、僕らの作るチョコレートについてちゃんと説明できる状況を作りたい。

ここは2014年12月にオープンしたのですが、今はアーリーアダプター、つまりベースとなるお客様、僕らのチョコレートを愛してくれる可能性のある方々に製法と味を知っていただき、こだわりに共感していただくことを重視しています。その点、ここは決して一等地ではないけれど、しっかりと人通りがあり、ライフスタイルにこだわる方が多くいらっしゃる。皆さんと会話しながら、僕らのブランドを伝えていく。そんな立ち位置を確立したいし、それができないと、商売は長続きしません

 

語るのは「Minimal」を営む、株式会社βaceの代表取締役社長・山下貴嗣さん。そもそも「ビーントゥバーチョコレート」とは何なのか。そこから、話をうかがっていく。

 

僕らはチョコレートを、ワインやコーヒーと同じような感覚で、嗜好品として楽しんでいただきたい。最近、コーヒーで起こりつつある『シングルオリジン』というムーブメントをご存じですか? シングルオリジンコーヒーとは、コーヒー豆の生産国、生産地域、生産処理方法が明確で、それらが一切ブレンドされていないもの。つまり、単一産地の豆を使用しています。ビーントゥバーチョコレートはそれに近いものです。

皆さんがこれまでよく食べてきたチョコレートには普通、ミルクやバター、バニラなどさまざまなものが加えられていますが、ビーントゥバーチョコレートは基本的に、世界中から選んだカカオ豆と砂糖のみで作られることが多く、そのため、豆の味をダイレクトに味わうことができます。そこが一つ目の大きな違いですね」
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もう一つの大きな違いが、製造プロセス。ビーントゥバーとは、カカオ豆から板チョコレートになるまで、すべて一貫製造で作られたチョコレートのことだ。

 

「マニアックな話なのですが、一般的なチョコレートは二つの段階を経て作られます。まずはカカオ豆を仕入れ、クーベルチュールといわれる生地を作る。要は、チョコレートの素を作る一次加工メーカーがあるわけです。いわゆる皆さんの目に触れるブランドの多くは、この後の二次加工メーカーです。ショコラティエやお菓子メーカーは一次加工メーカーから生地を買い、ミルクやバターなどさまざまなものを混ぜ、デコレーションを加えて最終製品を作るわけです。
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ビーントゥバーチョコレートの新しさは、それをすべて一気通貫で行うことです。『スモールバッチ』と呼ばれる僕らのような小規模生産を行うメーカーが、独自で豆を仕入れて自社の工房でチョコレートを作る。その流れが、ビーントゥバーの面白さだといわれています」

 

現在Minimalでは現在、世界各国から仕入れたカカオ豆をベースにNUTTY、FRUITY、SAVORYという3つの味わいを軸に、砕き方や熱処理などの加工法、砂糖の分量などの調整による計12種類のバリエーションをそろえる。

 

全般的な特徴が、ザクザクとした食感と香ばしさです。僕らがザクザク感を残すのは食感を重視したからでもありますが、豆に閉じ込められた香りを楽しんでもらいたい面が大きいです。豆の中には香りの素的なものがあり、一般的なチョコレートは滑らかさを出すために、24時間から72時間ぐらいかけて、その香りの素の粒子をすり潰して作られます。そのため、多くのチョコレートは、もともとの豆の香りがどうしても残りにくい。

僕らはその真逆で、香りの素の部分を熱処理で反応させ、あえて豆の香りを出すようにします。ですから、特に香りに個性のある豆は、なるべく粗く砕いてザクザク感を残す。もちろん、商品すべてがザクザクした食感というわけではなく、機械によって砕き方を変えたり、コンチングというすりつぶす工程をさらに加えるなどで、滑らかな食感のものを作る場合もあります。そこはもちろん豆の個性によりますし、合わせる飲み物も考慮している感じです。

そして僕自身が好きということもあり、お酒に合うことは特に意識しています。ミルクなどを使わないので後味がすっきりしていて、それでいて香りがすごく強いので、お酒やコーヒーなど飲み物との相性は本当にいいですよ。皆さん最初は『これ1枚も食べられないよ』とおっしゃるのですが、実際に食べ始めると、結構ポリポリといってしまいますね(笑)」

 

■"引き算"で作られる、人生の名脇役。

 

山下さんやスタッフが顧客と対話しやすいよう、L字の木のカウンターを備えた店内。そのイメージはどこか男らしく、武骨だ。一般的なチョコレートの販売店とは、少しばかり趣が異なる。

 

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セールスターゲットは基本的に女性を含めた30~40代の男女です。とはいえ、例えば内装などのアウトプットは、やや男性に寄せています。僕らの裏ターゲットが30~40代の男性で、実際に4割以上、いや5割近くかな、男性客の方がいらっしゃいます。

今の一般的なチョコレートの概念とは、カカオ豆にいろいろなものを混ぜて"足し算"で作るもの。僕らはそうじゃなく"引き算"で作りたい。素材を生かすという面では、和食の考え方に近いと思っています。そして素材の個性やトレーサビリティーを理解した上で、例えば焙煎の温度を分単位で1℃ずつ微調整したりする。それって例えばミニ四駆やバイクにハマるような、男の世界観に近いものがある。

女性がシンプルにおいしさを楽しもうとするのに対し、男性はプロセスを楽しみ、ウンチクを語るのが好きですよね。僕らはチョコレートの枠を、もっと広げていきたい。そういう意味では男性のお客を取り込むことはマスト。30~40代で可処分所得が高く、ライフスタイルにこだわりを持っている。そんな男性をアーリーアダプターとして取りに行く。それは店を作る時から意識していました

 

好きなものに囲まれた部屋で、隠れ家のような薄暗い小さなバーで、男性がゆっくりとお酒を飲みながら、チョコレートをつまむ。想起しやすいのはそんな光景だ。

 

「嗜好品として考えたら、『チョコレート=主役』じゃなく『withチョコレート』だと思うんです。つまり、ライフスタイルにおけるメインにはなりにくい反面、例えばお酒に合うように、名脇役には非常になりやすい。例えばバーでラムを飲みながら、葉巻とビーントゥバーを合わせる。味とともにストーリーを楽しむそんな時間にこそ、嗜好品の文化は生まれてくるのだと思います。

 

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またお酒を飲む以外にも、さまざまな使い方があります。ビーントゥバーチョコレートは夜だけでなく、朝も昼も使える。例えば高濃度カカオには、カフェインと同じような気持ちをしゃきっとさせる効果がありつつ、カフェインほどの刺激はなく、中毒性も低い。そこで、例えば朝に高濃度カカオを使ったチョコレートをコーヒーと一緒に一つ食べることで目が覚める、なんてことも考えられます。そして昼でいえば食後のおやつになりますし、例えば午後の眠くなりがちな時間帯の集中したい会議前に食べたっていい。ウチのチョコレートが入り込める日常のシチュエーションはまだまだ多いので、バリエーション豊かな消費文化を作っていけたら面白いと考えています」

 

第2回では、山下さんのこれまでのキャリアとビーントゥバーチョコレートとの出合いなどについて、話を聞いていく。

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プロフィール
山下 貴嗣

山下 貴嗣 やました たかつぐ

株式会社βace 代表取締役

1984年岐阜県生まれ。慶応義塾大卒業後、リンクアンドモチベーションにて数多くのコンサルティング業務に従事。社内での新規事業立ち上げにおいて、3年間で売上15億円のビジネスを1から立ち上げる。チョコレートを豆から製造するビーントゥバーとの出合いをきっかけに独立。
2014年、渋谷区にショップ兼工房「Minimal」を立ち上げる。

※ 会社、役職、年齢など、記事内容は全て取材時のものです

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