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今後のビジネスを語るには『人間とは何か』という定義が必要

長沼 博之 ながぬま ひろゆき さん 一般社団法人ソーシャル・デザイン 代表理事
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Part.3

 

■いずれ訪れる『経験ができない社会』とは。

 

-これまでの再現可能性が単純な利益につながることはなくなり、今後は“一回性”をマネタイズしていく時代になる。では、そのような時代に伸びていくビジネスとは、いったい何でしょうか。

 

「まず今、現代を社会というレイヤーから見ると、明治維新のころと非常に似ている。さまざまなインフラが構築され、今も続く多くの大学が誕生したあの時代と、同じ空気感を持っていると思います。新たな社会的インフラがどんどん生まれつつあるこの時代、例えば再生可能エネルギーは生活の中でさらに活用されていくでしょうし、IoT製品の発達も目覚ましいものになる。例えば冷蔵庫が『この食材の賞味期限が切れそうだから、こんな料理を作った方がいいよ』といった情報をスマートフォンに送ってくるようなことが、当たり前になる。

そんな時代の中で、どのようなビジネスが伸びるのか。まず、今まで人間がやっていたことをロボットが格安で請け負うようなものは、確実に大きくなるでしょう。そしてもう一つが『取引コストを下げる』プロダクト。これは、確実に業界を制します。例えばLINEスタンプ。あれは、感情のコミュニケーションコストをワンタッチにしたという、非常に大きな功績がある。もちろん楽しさやエンタメ性もありますが『感情のコミュニケーションコストを劇的に下げた』という点で、画期的な開発だと思います。

今、私が個人的に注目しているのが、ヘルスケアIoT製品を開発するスタートアップ、サイマックスさんです。彼らが開発するのは、世界初のトイレ後付け型の分析装置とヘルスモニタリングサービス。排泄物の分析装置を自宅や施設のトイレに後付けで設置し、自動で健康状態を解析。結果をスマホアプリで見られる、というもので、今後はウォシュレットに次いで、トイレに標準装備される可能性もあります。これも、取引コストを大きく下げる可能性のあるプロダクトです。

 

【参考リンク】トイレを使って全自動のヘルスモニタリング——健康IoTのサイマックスが資金調達 | TechCrunch Japan

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人間は、生活していく上で面倒なことは何でも削りたいと考えるもの。その思いがイノベーションとなり、大きな利便性を生む。そして、取引コストは限りなくゼロに近づく。これは素晴らしいことですが、その一方、人と人のコミュニケーションがどんどん希薄になっていく可能性があることに注意せねばなりません。この状況の中で、私が大きく懸念していること。それは、これからの社会が『経験ができない社会』へと、徐々に移り変わっていくことなんです」

 

-経験ができない社会とは、どういう意味でしょう。

 

「今年、VR(仮想現実)のヘッドセットが一気に普及します。つまり人間はヘッドセットを装着することで、さまざまな経験ができるようになる。でも、VRヘッドセットで見聞きしたことを、果たして『経験』と言っていいのでしょうか。

VRの普及とともに大きな問題になるのが『経験とは何か』ということです。VRは確かに経験の補完はしますが、代替には決してなりません。VRヘッドセットで見聞きしたことを経験と定義してしまうと、それこそ、われわれは映画『マトリックス』の世界に行ってしまう。『人間=意識であり、意識レベルで快楽を味わっていれば人間はハッピー。意識の中でハッピーならば、それでいい』という考えはとても危険です。

これからの社会は『経験ができない社会』へと移り変わっていきます。私はそれを『経験の敗北』と呼んでいます。例えば沖縄の美しい海をいくらVRヘッドセットで見ても、本質的な意味で沖縄の海を体験したことにはなりませんよね。

そもそも人間は経験を重ねて成長し、進化していくもの。どんなに素晴らしい自転車の情報を聞こうと、実際に乗ってみない限り、決して乗れるようにはならない。それなのに人間もまた単なる情報であり、意識である、という考えに傾倒し、人間という存在を軽んじることは、人間の存在的危機につながりかねないと思います」

 

■環境との関係性の中で、経験を経て、意識を進化させる。

 

-それならば「リアルな経験の場を与えること」が大きなビジネスになっていく可能性がありますね。

 

「まさにその通りです。社会において取引コストが限りなくゼロに近づいていく中、いかにしてスタッフや顧客の経験の成長をデザインするかは重要な問いです。奇しくもAirBnBがそうですよね。宿泊客とホストの相互に経験を与えるという意味で素晴らしい仕組みですし、新たな時代の宿泊のインフラ的役割も果たしている。取引コストゼロ社会と経験の成長。対極的なこの概念を、どのように自社の事業で高度に融合させていくか。それが、マーケターの大きな役割になる

また今後は『人間とは何か』という定義なしで、ビジネスを語れなくなっていきます。最先端のテクノロジーと、人間とは何かという哲学。マーケターは相反するこの二つを上手く融合させて物事を考えていく必要があります。肉体と意識、そして、その根源となる生命。この3つが融合している人間という存在はどのように成長し、進化していくべきなのか。今後は、その観点からビジネスを語る時代に入るでしょう

 

図3

生命的システム(右)と生命体(左)は異なる。人間と違いロボットはハードである体とアルゴリズムで作った性格や意識のようなものは持つことができるが、それらを統一する生命は宿っていない

 

-では今後、人間のマインドはどう変わっていくと思いますか。

 

「私はこれからのマインドモデルを『経験の成長における意識レイヤーの進化』と定義しています。例えどんなにビジネスモデルが素晴らしくても、それがなければすべてが中途半端になる。

生物学者の長沼毅さんは『人間は今後ホモ・サピエンスから、人に対していいことをした時に、脳内の快楽物質がどっと出るホモ・パックス(=平和的なヒト)へと進化する』とおっしゃっています。つまり、人間は自分にとっていいことをするだけでなく、人に対していいことをした時に幸せを感じる存在になっていく、ということ。

 

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例え悪人といわれている人でも、子供が川で溺れていたら、ああ助けなきゃと思うはず。人間は誰もがそういう心を持っている。つまり環境とのインタラクティブな関係において、脳のシナプス形成が変化しているんです

でも『あなたの今月の売り上げはいくら?』という仕組みの中だけで生きていると、脳内はそういうシナプス形成が強くなる。それが脳の仕組みなんです。そうではなく、人に対していいことをした時『君は素晴らしいことをしたね』と正しく評価する社会になれば、人間の意識のレイヤーはこれまでの『自分さえよければ』というものから『確かに自分も大事だけど、人と社会全体がよくならなきゃいけないよね』というものへと変わっていくでしょう。そのためには、一人で山にこもって座禅を組んでもダメ。環境との関係性の中で、経験を経て意識を進化させていく必要がある。

個人個人の経験の成長における意識レイヤーの進化が、人類のマインドモデルの進化につながるわけです。その中で、働き方とビジネスモデル、社会、マインドモデルのレイヤーの関係性を語らないといけない。どれか一つだけ語っても、それは語っているとはいえない。今はそんな時代だと思います。働き方でいえば、よりみんながわくわくしながら『これが自分の使命だ』と感じることのできる働き方を、誰もがしていける社会を形成していく。それが今後の人類のあり方、そして働き方の進化だと思います」

 

図3

働き方とビジネスモデル、社会、マインドモデルのレイヤーをそれぞれ語るのでなく関係性を語ることが求められる

 

最終回では、今後広がりを見せるクラウドソーシングの新しいカタチ、そして間違いなく訪れる日本社会の大きな転換点、などについて話を聞いていく。

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プロフィール
長沼 博之

長沼 博之 ながぬま ひろゆき

一般社団法人ソーシャル・デザイン 代表理事

社団法人ソーシャル・デザイン代表理事。経営コンサルタント。大企業から中小企業、スタートアップまで、業種業態を問わず経営及び事業開発の支援を行う。近未来の社会やビジネスモデル、働き方、メイカーズ革命やクラウドソーシング等についてテレビや雑誌からの取材多数。「Social Design News」を運営。
著書に『ワーク・デザイン これからの<働き方の設計図>』(CCCメディアハウス)『Business Model2025』(ソシム)がある。

※ 会社、役職、年齢など、記事内容は全て取材時のものです

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